最近の日記

言霊(ミーム)の風

これは何も「人権」に限ったことではない。放送禁止用語や差別用語の問題や、いわゆる社会的タブーなどは皆同じメカニズムが働く。ニッポンキリスト教においても、いわゆる「思考停止(エポケ)」をもたらすものは皆本質的に同じこと。

例えば「イスラエル」。イスラエル・フリークはもちろんのこと、イスラエル至上主義の某福音番組などを長年視聴して(刷り込まれて)いる人たちは、「イスラエルは神が選びし民、神の瞳であって、彼らに逆らうならば呪われる」と無意識に判断している。そこでは現実世界でイスラエルがなしている行為や、それに対する自分自身の感覚や考えは拒否されている。

あるいは「リバイバル」。この単語を前面に出されてしまうと、あたかも水戸黄門の印籠のごとき力を発揮して、異議を唱えることができなくなる。すべてを正当化してしまう単語なのだ。かくしてニッポンキリスト教においては、天皇制の是非を論じる以前に、すでに自分たちが諸霊の支配下にあることを知るべきである。表看板が「基督」か「天皇」かの違いであって、彼らが服している霊は一緒なのだ。現代の使徒だ、預言者だ、油注ぎの器だと、彼らがプロモートする風(霊)に吹き回されている様は、かつての「挙国一致」、「鬼畜米英」と吹き回された時代となんら変わりがない。だから「われら天皇の臣民は、自らを否み、自らの十字架を負って・・・」とごく当たり前のようにできてしまうわけ。

戦前と前後において、入れ物(社会システム)は「現人神社会」から「民主主義社会」に変わったとは言え、人間の本質は何も変化していない。同様に基督者と非基督者においても、その支配する霊が同じ点で何も変わらない。戦中のように、共に八紘一宇の実現のために邁進する場面が再現することは、今後十分に考えられる。問題は風の吹く方向。今回の安倍さん旋風と同じ。

さあて、今後このギョウカイ、どっちの方向へと流されていくことであろうか?

同様にわたしたちも、未成年であったときは、世を支配する諸霊に奴隷として仕えていました。しかし、今は神を知っている、いや、むしろ神から知られているのに、なぜ、あの無力で頼りにならない支配する諸霊の下に逆戻りし、もう一度改めて奴隷として仕えようとしているのですか。

最悪の結末

女子高専生殺害事件は加害少年の自殺で終わった。私は8月30日に「保護する必要がある」とし、あえて「逮捕」とは書かなかった。ここでも少年犯罪と言うことで、加害少年の情報が警察から一切流されなかったが、今日の『週刊新潮』では彼の写真と実名が出ている。しかし遅かった。

「少年犯罪」の言霊に束縛され、警察は情報公開などに及び腰となり、その結果社会が被るリスクを高めている。今回は逆に初動操作が後手に回り、保護することができなかった。この少年はネットからかなりマニアックなポルノ系やスプラッター系のビデオを入手していたらしい。遺体に対して凌辱行為をしていたとのこと。おそらくサディズム傾向を有していたのであろうが、同時に知性も高く、自省心もある少年だったようだ。これでかえって自殺という結末に至ったのだろう。以前の町田の少年とはここがやや違う点である。・・・が、これで真実が葬られ、両家族の無念さと虚しさだけが残った。

フロイトは晩年、人間性に絶望していた節があり、人間存在の本質をエロスとタナトス(死の願望)とした。自己破壊的な人間の闇に直面せざるを得なかったのだ。かくしてこの少年もサディズム傾向を抑制できず、同時に自省するキャパはあるために、その葛藤が自己を抹殺する形へと行かざるを得なかったのだろう。

何ともやりきれない後味の悪い事件であったが、ここでも昨日書いたように、少年の「人権」を守ろうとして、今回は(社会の被害ではなく)少年の命を失わしめた。社会から「人権」という城壁でソフト的に彼を隔離し、ハード的に彼の居場所を喪失せしめたのである。「人権」というミームを持つマインドウイルスのなせるわざである。あまりにも硬直化した「少年犯罪」の言霊から解かれ、対応をもっと具体的に考え直すべき時期なのではないか?

社会のリスクと患者の人権

女児が頭に重傷を負って発見された事件で、24歳の女性看護師が逮捕された(→記事)。精神科通院歴があるらしいが、どうも最近この手の人たちによる犯罪が多発している。で、ここで問題となるが表題の二つの関係。つまり社会のリスクを低くすると患者の人権が制限され、患者の人権を配慮すると社会のリスクが高くなる。つまり互いにトレードオフの関係にあるわけ。

現在の精神保健福祉法などでは患者の人権に相当配慮がなされており、保護措置入院なども資格を持つ医師2名の同意がないとできない。かくして精神科を開業する義兄の言葉、「世の中、患者さんがあっちこっちにフラフラと野放しで歩いている・・・」−これが実情なのだ。キリスト教界にもこの手の人々が寄って来る。彼らはこちらがやさしい顔を見せているうちは大人しいが、苦言などを呈したりすると、たちまち豹変する。その変わり様には実に驚くほど。

しかも最近ではこういった人々がネットを徘徊して自由な自己主張が可能となっている。またこうした人はすでに述べた様に病理を共有しフォリ・ア・ドゥ化し、ひとつの勢力すら持つようになる。こうして互いの妄想を膨らませ、屈折した自己像を肥大化する。しかし前から指摘しているが、こう言った人々とはけっしてガチンコしてはならない。それはきわめて危険。その病的な感情をかわすか、こちらが折れること。

しかしながらこれはこちらが大人であればの話である。彼らの病理性が弱い女児などに向かうことは、社会の防衛システムとして何とかならないものか。しばしば「人権派」と言う単語は十分に言霊あるいはミームとして社会にマインドウイルスを蔓延させるのだ。そしてそれは弱いところで発病している。

Y遺伝子のゆくへ

とりあえずひと安心というところでしょうか。先に日本人がユダヤの血を引いているとする再建主義の富井さんの説を紹介しましたら、沖縄のある方から「自分はレビ系の祭司の血統です」との情報をいただきました。実際に祭儀も行っていたそうですが、私のメッセージの中で、レビ系の石の律法による祭司制度は廃止され、メルキゼデク系のいのちの祭司制度に移ったことを知り(→こちら)、解放されたと証して下さいました。そうなんですね、大切なことは肉の系統ではなく、アダム系からキリスト系への転換なのです!

割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです。

 * * *

アップロードファイル 12KB前にご紹介したUCLA留学中のDJ Jerry氏のLAレポートがけっこうイケています。9月2日のオンエア・ザ・ネットではサンモニカ・ショッピング・プロムナードのストリート・ミュージシャンのインタビューでしたが、このアーチストのサイトへ行ったら音楽がなかなかイイ!Erik Scott Smithと、名前からしていかにもLAはサンタモニカの風って感じ(TN出身だそうですが)。よかったら聴いてみてください^^Here we go!!!

理系と文系の違い

今、日本史をずっと学び直している。特に古代史と戦争の前後。日本古来の「神」はクリスチャンの神とは全く違うわけだが、礼拝対象として問題が起きてくる。アマテラスとはいったい何者か?卑弥呼との関係は?また一説によると現人神崇拝の国家神道はキリスト教国家のマネをしたとも言われています。

そこで『日本書紀』や『古事記』を学ぼうと言うわけだが、理系バカの私たちにとって文系学問の難点に突き当たっている。それは歴史は必ずそれを書く人の歴史観あるいはフィルターを経ていることだ。征服した者が征服された者の不義性と自分の正当性を記録するわけ。そこで歴史を知るには第一次の史料に当たる必要が生じるわけだが、今さら『日本書紀』や『古事記』をそのまま読んでいる時間もないし、そもそもそれらが当時の資料を編纂したものらしい。また戦争前後の全記録文書を括るわけにもいかない。これが実に困るのだ。

その点理系の学問は、たとえば相対性理論を学ぶにしても、アインシュタインの原著論文を読む必要はない(科学史の専門家でもない限り)。教科書なりでそのアイディアあるいは仮定を理解したら、後は自分で数式をいじくり回せば、アインシュタインの頭脳で行われれたことを追体験できる。教科書は出来不出来はあっても、決して違う結論を導くことはない。

しかし歴史は違う。書く人のフィルター次第で結論は正反対になり得るわけ。かくして誰を信じて良いか分からなくなってしまう。いわゆる山川出版などの教科書にはあまりイイ思い出がないし・・・。と言うわけで自分が読んでいる本がどんなフィルターを介して書かれた物かをよくよく吟味しつつの学び直しとなって、悪戦苦闘しているわけです。もっと言えば、わが理系オツムの再構築。いやあ、本音のところ、文系の人たちはよくこんな曖昧模糊とした不安かつ茫漠たる作業をやり続けることができるものと感心する次第。

 * * *

明日はいよいよ万系一世男系男子天皇制(Y遺伝子)の維持ができるかどうか。何となく男児誕生のような気もするのだが・・・。(それにしてもいったいこのY遺伝子は誰をルーツとするものなのか・・・?アマテラスは女だし・・・?)

温泉の効能♪

本日は大学。成績発表日で、学生の問い合わせに対応するため。ちなみに講義は20日過ぎからなのだ^^

で、うれしいニュースが^^。温泉の効能についての日本温泉学会での報告

これから起きて来ること

面白いですね。ベニー・ヒンが『君が代』を歌わせたかと思うと、再建主義では、何とか神社が聖地であり、天照はイエスであると・・・。ここにもストイケイアと日本人の集合的無意識との共鳴があるようで、こういった同期性をユングはシンクロニシティと呼んだわけです。下でリンクした霊的病理の論考で「柏手を打つクリスチャンが現れるかも」と書いたが、思いのほか早く起こるかもしれない。

あのヒン様の聖会にいた1万人は、過ちを認めて悔い改めない限り、良心に汚れを受けました。私は預言者ではありませんが、精神病理の学徒です。これから何が起きるかを語ることは容易です:まず彼らは自分を諌める者を排除します。次に自分の正当化を試みます。すでに現場にいた村上某牧師はそれをしています。そのひとつに下の再建主義の主張が用いられるかもしれません。自分たちは『君が代』でを賛美していると。

こうして偽りの上塗りをすることを精神病理の用語で強迫反復と言います。たとえば、サマリヤの女のように男に裏切られることを何度も繰り返す病理です。こうして今回のメッセージで触れましたが、箴言25章の御言葉が成就するでしょう:

銀から不純物を除け。そうすれば細工人は器を作ることができる。
泉が踏み汚され、水源が荒らされる。神に従う人が神に逆らう者の前によろめく。
侵略されて城壁の滅びた町。自分の霊を制しえない人。

日本への預言?

外には虫の音が・・・。もう、秋ですね。やや感傷的。やっぱり、日本人でよかった^^

さて、再建主義の富井氏の掲示板に面白いものがありました。ここにあるK夫妻が実は私の知人でもあるのです。富井氏は内容は関知しないとのことですが、皆さんの内にある塗り油は何と言っておられます?

今後この手のミームの変異型としての"預言"が様々に語られることでしょう。(参考:天照がイエスだと似たようなことを主張する人々はけっこいるのですね。たとえばキリスト公会など。ちなみに私の論考を再掲載します→ポピュリズムと民族主義

--以下引用--
1996年6月9日 KM姉の誕生日(39才)に真名井神社の岩清水の前で主がお語りくださるとのことから、KM姉、H先生、K夫婦、HA氏が同行し、M姉を通して主が語られる。
... 続きを読む

ポスト小泉政治のゆくへ

NHKスペシャルでポスト小泉政権300日を観たが、一言、先が見えない。総裁は間違いなく安倍さんがなるのだろう。が、今日の日経でも指摘していたが、ポスト小泉の政治モデルが見当がつかない。ただ靖国参拝を4月にすませながら、「したか、しないかは答えない」とする安倍さんに一抹の懸念を覚える。この人、若いがかなり日本人の病理的集合的無意識を有しているようだ。

以前今後の方向はポピュリズムと民族主義であることを指摘したが、小泉さんは前者を巧妙に演出した。安倍さんはどうも後者の路線に乗りそうな予感がするが、いかがなものだろうか。私的には小沢さんに来年の参院選を踏ん張ってもらいたいと願っているが。日本人の大衆としての価値観や人気が大挙してある一定の方向へと傾くことは実に怖いのだ。しかし時代の霊は確実に日本人の病理的集合的無意識に対して働き掛け一つの方向を志向しているように感じる。

すでに指摘したとおり、商売で曇ったクリスチャン・メディアの「目」は当てにならないし、そこから提供される「情報」も相当に偏向している。今日、ひとりひとりが御言葉に立ち、内なる塗り油にとどまる必要が、以前にも増してある。

現代の使徒・預言者による宗教改革

午前中はプールとサウナ。午後は映画コリン・ファレル&ジェイミー・フォックスの『マイアミ・バイス』。しかし評するまでもなかった。

 * * *

以前ここでも紹介しましたが、現在ピーター・ワーグナーなどが進めている現代の宗教改革のアウトラインを再掲載しておきます。これは救世軍の山谷さんがまとめられたものをさらにまとめたものです(ついでに紹介しますと少佐のBlogの9月2日の記事は実にイイ^^安倍さんにマジ読ませたい・・・):
---
・回復された使徒の肉体において、キリストがすでに再臨している。

・携挙とは、キリストによる王国嘉納の際の喜びと興奮であって、キリスト者が文字通り空中に引き上げられるわけではない。

・ローマ8:19に記されている「神の子たちの顕現」とは、回復された使徒を指している。
... 続きを読む

国の平成16年度貸借対照表

詳細はこちらを。

 借方    貸方
... 続きを読む

ハンカチ・プリンス

あの甲子園のプリンスのおかげでブルーのハンカチにプレミアがついているとか。昔オランダでバブルが起きた時、チューリップの球根が暴騰したが、同じこと。単なるハンカチがミームに感染するとゴールドに見えてしまうわけ。どんな優秀なエコノミストでも予測できなかったでしょう。

実は人はこのように「騙されること」を求めているのです。恋愛をはじめとして、マジックや、映画、政治、そして宗教に至るまで、騙し騙され・・・。それは夢を見ること。徹底した現実を突きつけられるだけでは、人は生きてはいけないのですね。それにしてもこのプリンスの汗の拭き方は女性がパフを使うようなしぐさで何とも・・・ではある^^

風のゆくへ

かつて原告団千人で闘ったある裁判の弁護団を引き受けて下さって以来のお付き合いのある某事務所のニュースレターが届いた。前にも書いたが共産党系の事務所なのだ(実際問題として弁護士を頼むならば共産党系ですよ^^)。

昨今の日本のミームあるいは言霊の動きについて、いくつかポイントを指摘していた。

1)憲法改正:安倍さんが総裁選に正式に立候補したが、彼の中心的政策。私は憲法9条のような形がい化した条文は改正すべきと思うが(自衛隊を自衛軍として認めるべきと思う)、それでも慎重な姿勢が必要。
2)教育基本法改正:これも人為的な「愛国心」などアブナイ点がありそう。
3)共謀罪:相談して相槌を打っただけで犯罪成立!?これもアブナイ。

と言うわけで、私はクリスチャンであるが、共産党のある意味で一貫した姿勢は評価している次第。個人的にはニッポンキリスト教徒などより、よほど誠実であり信頼できる。無神論的・科学的・社会主義的・唯物論的・進化論的・共産主義も、実は、信仰の一種なのだ。実際、かつての戦争の時どちらの信仰が純粋であったかは歴史が証明している。ただし政権を委ねることには不安があるが・・・。

すでに指摘している通り、どうも日本の風が何となく生臭い方向へと吹き始めていることは、彼らの問題意識の上でも確かなようだ。

夏休みor研修?

公立学校の先生は実に気の毒と思う。税金をもらっているためだろうが、「夏休み」は夏休みではない。「研修期間」なのだ。報告書を出して、図書館で研修、自宅で研修・・・と。何が研修で、何が研修でないか、オンブズマンとかにチェックされるそうだ。

あのね、ただでさえ、ニンゲンという不可解な動物を相手にしているのだから、先生たちもどこかで抜かないと、ビョウキになってしまうもの。現に長期療養休暇を取った教員の約15%が精神疾患による。エリートコースを突き進んできた私の友人の教師も、この数年間うつ病で苦しんでいる。ちなみに牧師のうつ病などの精神疾患もかなり多い。(えっ、元々が変?・・・それは言わない方が^^)
... 続きを読む