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メガチャーチ?

BBSでかなり本質的なトピックが論じられている。諸悪の根源は「大きいことはいいことだ〜」にあると。これは人のセルフ(自己)をなんとも気持ちよく刺激する。で、ショッピングセンター、幼稚園・学校、リクレーション施設、病院・・・と完備した1万や2万規模のメガチャーチがアメリカにはゾクゾク誕生しているとか。

しかも、こういった教会の牧師が、その都市をあずかる使徒や預言者となるわけ。そして他の弱小教会は彼らのカバリングに入って、秩序だった、権威の系統が明確な、整然とした、素晴らしい教会が各都市ごとにできあがる。子供たちにもチャーチ・スクールで、フセインは神の敵だと教える。原爆も伝道のために神が用いたと正当化する。

極めつけは、ウイットネス・リー的な「一都市一教会」の誕生。実際、彼らはすでに「○○に在る教会」と称して、自分たちこそ回復された、最も聖書的な立場に立つ教会であるとしている。リーこそは現代の唯一の預言者であり、現代の真理を回復し、聖書的に歩むことを願う教会は彼の傘下に入る必要があるとか。彼に逆らう者は神の権威に反逆する者であり、神の裁きが下る・・・。

読者諸氏よ、この種の話を聞いた時、どんな感覚を覚えますか?よし、いっちょ、自分も「横浜の使徒」になるゾっ、と奮い立ちますか?それともアブナイ話には近寄らない方がよいと感じますか?ちなみに私は抑え難い違和感を覚えるわけ。

主イエスは「サタンを拝すれば、地上のすべてを得られる」と言う誘惑にどう答えたか?肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢に対して、イエスはどう対処したか?今こそ、アメリカ・キリスト教が得意な"WWJD"を適用したらどうか?もし今イエスがおられたとして、メガチャーチの繁栄振りを見て、「わが王国もここまで成長したのか、苦節2,000年、耐えに耐えたが、ようやくわが十字架の苦しみも報われたなあ〜」と満面の笑みを浮かべるだろうか?

翻って、パウロの最期、さらに近代ではウォッチマン・ニーの最期を見るとき、パット・ロバートソンをはじめとするアメリカ的に"繁栄"している人々をご覧になって、はたして主イエスはどう評されるだろうか?ペテロが現したイエスの栄光とは何だったか?

しかし、残念ながら、BBSに予測したとおり、今後のニッポンキリスト教はこのメガ・チャーチの幻惑に飲み込まれていくことであろう。現代の使徒・預言者になりたい人があまりにも多い。カバリング教会をいくつか抱えるかが、その人の霊性の証しとなるだろう。

(陰の声:このカバリングって、アムウェイなどのネットワーク商法とソックリ。キックバックが下から上へと上納されるとか・・・やれやれ)

What Would Jesus Do?−この物差しをもっとも適用すべきところには、残念ながら適用されていないようだ。

Commented by ICHIRO 2005年09月02日(金)11:08

このメガチャーチの発想は、地元の小売り商店を飲み込んでいく、大規模スーパーの発想ですね。
私の田舎なども、昔からの地元の店がどんどん閉鎖されてます。
そして新しく出来たバイパス路線に沿って、でっかいスーパーやコンビニが乱立して、見かけだけは賑やか。
確かにそこに行けば何でも手に入って便利ですが、駄菓子屋のオバチャンとの触れ合いみたいなものはなし。
欲しい物をカゴにつめて、レジでチャチャチャで、おしまい。
味わいがないというか、殺伐としていると言うか。
こんなことをつぶやく私は旧い人間なんでしょうかね、、、