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異端:カルトの定義
投稿日 : 2005/10/09 21:00
投稿者 ブヒちゃん
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(;_;)明らかに異端と言われてる所は当然ですが、一見普通に見える教会・・・?教界・・?で傷つく人が余りにも多いように思います。単なる甘えなのでしょうか・・・?
いろんなケースが考えられると思いますが、何故、そう云う事が起こるのか、何が問題なのか、私たちが出来る事は何なのか、皆さまのご意見をお聞かせください。
よろしく、お願いします。

あ、一般的な異端、カルトの定義もお願いします。
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Re: 異端:カルトの定義
投稿日 : 2005/10/10 19:17
投稿者 Luke
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ポイントがついたディスカッションができてうれしいですね。

この「認知的不協和」を感じたときがポイントなのです。ここで拒否するのか、自分を変えていくのか、その選択は内なる御霊の証に従いつつの御言葉との照合にあるわけです。これを自ら主体的にする必要があるわけです。あなた任せの受動性はダメですよ!

使徒17:11 ここのユダヤ人(ベレヤ人)は、テサロニケにいる者たちよりも良い(英訳:高貴な)人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。

(パウロの言葉を吟味したのです。「自分の言葉は神の言葉であるから、それをお前たちが吟味するとは何事〜」とか青筋立てる御仁はあまり相手にしないで避けた方が・・・)

自分の肉の抵抗であれば、内なる御霊の証とは食い違いを覚えます。ここで霊と魂の分離が必要なんですね。それは御言葉の剣(メス)によって切られるわけです。切られる時には痛みもありますが、真理によるならばその後は自由を得ます。

最終的には実で判定するのです。人間的な視点での善悪とか(宮の両替人に対するイエスの態度は立派な器物破損罪です!?)、論理的整合性で判断すれば、容易に騙されます。統一協会の原理講論などは下手な牧師のメッセよりもよほど整合性があって、深いですよ。

対して人気取りの牧師などは信徒になるべく「認知的不協和」を感じさせないようなメッセしかしないわけです。顔色見ながらですね。何しろ収入源ですし、何千人教会を作りたいわけですから、逃げられたら困るわけです。バードウォッチングのようにオペラグラスで出席者を影でカウントしてるセンセイもおらえるそうで・・・。

これが富井さんの批判する現在の教界のあり方なんですね。真理は肉にとってはイヤなものなのです。イエスに対する群集の反応がそれを証ししていますね。「誰がこんなことを聞いておれようか!」と。

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Re: 異端:カルトの定義
投稿日 : 2005/10/10 16:42
投稿者 ブヒちゃん
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ルークさん、資料をありがとうございました(^_^)

てんてこまさん、私も同じです〜〜(^^♪
私の目にはウロコが何枚あるのかと、いぶかる日々・・・(^o^)

「認知的不協和」・・・その内容が本当に大事だと思いました!!まさに内容次第・・・ですね!!

ところで、以前から不思議に思ってることがあるので、教えて下さい。
カトリック・・・私はれっきとした異端だと思ってるのですが、どの牧師に聞いても口を濁して結論は「そうじゃないと思いますよ〜〜」なのです。
(+_+)
マリア信仰なんて、偶像礼拝の何ものでもないと思うんですが・・・いかがでしょうか? (^_^)
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Re: 異端:カルトの定義
投稿日 : 2005/10/10 14:42
投稿者 てんてこまい
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MCの意味、よく解りました!
目からまた一枚、鱗が落ちてしまいました。
この先、無限に鱗が落ちそうです・・・(^^)
もっともっと、キリスト色に染まりたいですね。(^^)(^^)
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Re: 異端:カルトの定義
投稿日 : 2005/10/10 18:29
投稿者 Luke
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上にあげた論文はとてもよくポイントをまとめてあります。が、この基準からすると、てんてこまいさんもご指摘の通り、けっこうわれわれにも当てはまるのです。そもそも未信者から見れば、神が人になるなど、まさにモウソウです^^

例えば、自分の考えに反した御言葉(真理)を聞くとします。わたしたちの肉は必ず抵抗を覚えます。「誰がこんなことを聞いておれようか!」と。これが「認知的不協和」です。私のメッセージを聞いていられない!と言う人も結構いるのですよ^^。そこでそれを拒否することも、十字架の適用により自分の思いを変えて、その真理を受け入れることもその人の自由です。

マインド・コントロール(MC)自体は別に悪者ではなく、問題はその内容にあるわけです。聖書自体が「自分の思い(原語)を変え(私の責任)、自分を造り替えていただきなさい(御霊の仕事)」(原語に沿ったローマ12:1)と言っています。まさにこれは認知的不協和とMCの原理を語っています。

その内容が真理であれば、肉の抵抗もいずれ沈静化されて、かえって自由を得ることができます。ですから主も「あなたがたは聞くことによくよく注意せよ」と言われ、「偽預言者はその実で判断せよ」と言われました。

今の人間中心の価値観では、このようなこと自体もカルトとされるわけです。実際、この論文を読んで、わたしによってMCを受けて、鬱病になったとか騒いだ人もいたほどですから^^。(彼も分かってくれたようですが・・・)

・信仰はキリストの言葉を聞くことによる
・聞いたことを行なう(思いを変える)者は岩の上に家を建てる
・真理はあなたがたを自由にする

このプロセスはまさに認知的不協和の理論そのものなのです。

というわけで、Dr.Lukeのメッセージもよくよく御言葉に照らして、内なる真理の御霊の証しに頼りつつ、自己責任でお聞き下さいませ>みなさま^^
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Re: 異端:カルトの定義
投稿日 : 2005/10/09 22:50
投稿者 てんてこまい
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教会で受ける傷・・・
と尋ねられて・・
私が長い間の教会生活の中で、何から最も傷を受けてきたかというと、それは「牧師」からでした。
私自身もおおくの信徒を傷つけ、また傷つけれれてもきました。しかしそれはあまり問題に鳴りませんでした。(ひとそれぞれでしょう)
牧師なのに。。。どうして。。。と/(-_-;)
(私の教会の韓国人の牧師は他者を傷つけないので安心できます)
よく、牧師も人の子。。と言われますが、そこにあぐらをかいててもらってはええ困るわけでして。。
また、信徒の側からも牧師はよく、出来た人、間違いを犯さない人!」なんて思いこみがあると、昔の私のように、さんざん、傷をうけるかも知れません。大切なことは、間違ったことは悔い改めれば良いと思うのです。
しかし教会が悔い改めた、牧師が悔い改めた。。。という話しはあまり日本では聞いたことがありません。
教会を出て行った人のことを悪く言う教会は、日本にはごまんとあるのが事実のようです。
自分達は絶対正しいという、教会トップの、エライ先生方の考え方がもっとも「信徒の傷」を深くしているのではないでしょうか。。。
ただし、私の知ってるある教会の牧師は「その教会を出たい信徒」のために、良い教会が与えられるようにと皆で祈り、探してあげたりするのだそうです。驚きました。
私はここ何年間かで、やっとと言いましょうか、心から尊敬できる「牧師」という方々にお会いできました。神さまの深い慰めを思わずにはいられませんでした。それでは、今日のところはこれにて、失礼です。

もちろん
未成熟な信徒が、牧師や、先輩信徒を悩ませているのも事実です。しかしそこに、いたずらなヒューマニズムが優先して、悪を悪と言えない、聖書には書いてなーい!と言えないところに甘えの構造が活きづいているのかも知れません。
あと、キリスト教会にはジョーシキがないのでみなさん驚いたり、傷ついたりするのだと思うのですが・・・
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Re: 異端:カルトの定義
投稿日 : 2005/10/09 22:14
投稿者 てんてこまい
参照先
昨今の異端の定義は・・・
「三位一体」を教理に掲げている異端は結構ありそうですね。
そもそも異端とカルトの違いって何なのでしょうか?
「異端」というのは単に「教義」であり、カルトと言うのはそれが実践されて、物、金、権力と言う形に発展したものを意味するような・・・そんなニュアンスもあるにはありそうな。?。。(^_^;)
私の行ってる教会も(お金の部分で)立派にカルトに抵触しているんですよね。ただ「脅し」がない分、カルトとにはなっていないようです。
沢山ある枝の教会ではどうだかわかりませんガ。。。(日本では一番大きい韓国系ペンテカリスマ教会です。建物の大きさではなく)
お金の事を無視するなら、私のような者で(十分の一献金していなくても)ものんびり、居られるのです。お金のこと意外では、多くのニッポンキリスト教の教会にくらべて、説教は深く、かなり新約の惠みが語られているのです。がしかし、突然
韓国キリスト教の持つ律法的な部分が顔を出すこともありますが。。(-_-;)
そんな時にはひたすら「主よ、憐れんで下さい!牧師を憐れんで真理を知れるように助けて下さい
。。。」と祈るばかりです。
韓国のクリスチャンの方々、「差別」ではありませんのでどうか、誤解なさらないでくださいね。キリスト教にはどこの国でもその国の国民性が出てしまうと思うのです。良きにつけ、悪しきにつけ。。。
日本のキリスト教も、勿論そうです。
思い出したらまた書き子します!


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Re: 異端:カルトの定義
投稿日 : 2006/07/29 20:07
投稿者 Luke
参照先 http://www.kingdomfellowship.com/Treatises/CULT_METHODS.pdf
ファイルをアップして置きました。ちょっと専門的ですが・・・。

日記にも書きましたが、この精神病理は相当に複雑でして、ニッポンキリスト教は粘着性の人が多いですから、ネチネチとかなりややこしくなることは事実ですね。「甘えの病理」が相当に大きな比率を占めていることは確かです。両サイドにおいてですね。

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