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ある禅者の悲劇-橋田無適-

禅的生き方をした人物はあらゆる分野におられる。東大医学部生理学教授の橋田無適(邦彦)先生もそのお一人。わが師が学生時代に同師の正法眼蔵講義を聴講したと言っておられた。橋田先生はつねに、「研究室で研究している時も、家にいる時も常に同じ心持ちであるべし」と教えておられたとのこと。医学的には人間をパーツのアッセンブリーと見るのではなく、一個の統合体として診ることを教えられた。これはキリストの体=エクレシア=についても同じ。しかし時代の流れは過酷なもの、最期は自決された(こちらをどうぞ)。先生の教えを端的に表す言葉がある:全機。すなわち如(タタター)。けだし名言である。

Commented by Luke 2006年05月30日(火)11:30

「如」とは何かとご質問をいただきました。大拙はこれを"as-is-ness"と訳しています。