Kingdom Fellowship Church

Message Outlines

2004.08.08


神はヤコブを(3)

その後のヤコブの生涯は波乱に満ちたものでした。困難の中で彼は自分を聖別し、神の祝福を再確認します。しかしヨセフがエジプトへ売られたりする諸々の悲劇が彼を襲います。彼はこのような困難の中で神の手によって練られていたのです。実は神はカナンの地の旱魃のためにヨセフをあらかじめエジプトに用意したのでした。私たちは困難の見かけしか見ませんが、そこには神の深い意図があるのです。そしてヤコブ自身もエジプトへ下り、ヨセフと再会し、ファラオを祝福し、ヨセフの子供たちや自分の子供たちを祝福し、神を礼拝します。彼はファラオすらも祝福する霊的度量を持っていたのです。彼の最後は杖に寄りかかって神を礼拝しました。あの狡猾なヤコブが神の手によって扱われた結果でした。ヤコブの生涯は現在もなお私たちの生涯において成就しつつあります。私たちはすでに客観的には完成されていますが、時間と空間の中に生きている私たちはその霊的事実が実体化されつつあるのです。私たちの中で良き業を初められた方は、必ず私たちの中でそれを完成してくださるのです。鍵はキリストと共なる死と復活の中に生きることです。よりよく生きることを追求するのではなく、よりよく死ぬことを追及するときに、自動的に復活のパワーによってよりよく生きることができるのです。クリスチャンの成長のためには必ず苦難や困難が必要です。その時こそ、「主よー」とうめきをもって神に触れるのです。かくして私たちのうちにはキリストがメタモルフォーシスされていきます。神はあえてヤコブ(=私たち)を選び、ヤコブを変えたのです。究極にはこの体すら栄光化されるのです!


1.ヤコブの生涯

@ディナの陵辱事件(創世記34章)
Aベテルでの聖別(cf.ラケルのテラフィム)と神の祝福の再確認(35章)→記念の石にアブラとぶどう酒が注がれる(35:3;35:14)
Bラケルの死(35:18,19)→ベニヤミンの誕生
Cイサクの死(35:29)
Dヨセフの悲劇(37章)
Eユダとタマルの姦淫→ペレツとゼラの誕生
Fカナンの乾きによりエジプトへと下る(46章)→ヨセフと再会(46:28)、ファラオを祝福する(47:7)、しかし46章3節で再び戻される約束がある
Gヤコブの遺言(47:27-31)
Hヤコブのヨセフの子らへの祝福(48章)と子供たちへの預言(49章):特にユダへの預言はメシアの到来を予言する(49:9-12)
Iヤコブの死(49:29-33)



2.成就:聖霊による完成

@人生のモロモロの事件はただひとつの目的のため=御子を内に形作る(ローマ8:29;ガラテヤ4:19)
Aヤコブは神の手の中で練られた(ローマ5:4;ヘブル12:1-12)
B訓練の目的→聖性に与らせる(ヘブル12:10;2ペテロ1:4)
C苦難の意義:神の真実を知り、自己からキリストへと新陳代謝的に変わる(メタモルフォーシス ガラテヤ4:19;ピリピ1:29)
例 詩篇4:1「苦難の時私を広げて(enlarged)ください」あるいは「roomを下さい」他に詩篇9:9;18:6;32:7;119:67-71
D神は必ず良き地へと戻される:詩篇71:20でにはエジプトから良き地へと回復される約束がある
Eこの世の君を祝福する→大なる者が小なる者を祝福する(ヘブル7:7)
F杖に寄りかかってのヤコブの礼拝(創47:31;ヘブル11:21)
G147歳での大往生(創49:33)→ある種の安堵感を覚える
Hヤコブの物語は私たちにおいて御霊の働きによって成就しつつある(2コリント3:18;ピリピ1:6;3:21)
I私たちの態度:よりよく死ぬために生きる(ピリピ1:21;3:10-14)