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文藝春秋新年特別号から

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慶応大医学部の反骨講師、近藤誠医師による衝撃の記事。おそらく素人はショックを受けるだろうが、これは少し専門に医学統計学をかじった者には十分うなづける記事だ。

題して、

抗がん剤は効かない

少し専門的になるが、薬効判定には二重盲検法とか、投薬群と対照群(非投薬群)との比較を、いわゆる生命表分析(生存率曲線)の手法によって、その効果を評価する。この際、パラメトリック手法(モデルを仮定する)とノンパラメトリック手法があるが、いずれにせよ、生データから推定された生存率曲線から、50%生存率の時点を求め、それが対照群と有意な差があるかどうかを見るわけだ。

ところがこのとき、この生命表分析手法を適用する患者さんをどう選定するか、これによって、生存率曲線はいくらでもイジルことができる。これが統計学の盲点なのだ。しばしばある術式や薬を開発した者自身が出した成績は、他の人が出した成績より良くなる傾向がある。これは医学畑のジョウシキであって、特に学会での評価や製薬会社とのカンケイが絡んでいたりすると、なかなか大変なことになる。かつてハリソン・フォード主演の『逃亡者』なる映画のテーマも、親友の医師が開発したプロバジックなる薬の副作用を巡る陰謀だった。

さて、そこで次の生存率曲線を見てください。これは同誌掲載のデータだが、Fig.1は進行肺がんに対するいくつかの投薬パターンによる差を見るものだが、はっきり言って、差はない。

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                      Fig.1

Fig.2は一見が差があるようだが、この曲線はインチキ。こういった凸曲線になることはあり得ないのだ。生データをいじっている。

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                      Fig.2

Fig.3は胃がんに対するクレスチンの効果を見せているが、これもインチキ。専門的にはヒゲ(消失データ)の生えている位置で判る。

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                      Fig.3

Fig.4は進行肺がんに対するゲムシタビンの曲線。無治療群と有意な差はない。

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                      Fig.4

かくして近藤医師は、白血病や悪性リンパ腫などの血液癌への有効性を指摘しつつ、睾丸がんや子宮じゅう毛がんを除いた固形癌については抗がん剤は効果がないことを訴えている。最近の分子標的薬についても、健康細胞まで攻撃することによる寿命短縮効果を指摘。

社会要因から見ると、要するに抗がん剤は製薬会社のドル箱なっているのだ。イレッサ、ハーセプチン、ブリベックの売り上げは、それぞれ140億円、240億円、400億円(2008年度)。アバスチンは認可直後(2007年)は35億、2008年は200億円。かくして、わが臨床をやっている友人や元外科医の義兄から聴くところによると、製薬会社のプロパーが大学の研究医に臨床試験を依頼して、彼らがその見返りに得る額は・・・・ヒ・ミ・ツ。抗がん剤はどっちサイドにも実においしいのだ。

・・・と言うわけで、もし私が癌に罹患したとしたら(早期発見!)、放射線は考慮しつつ、まずは愛の欠如した、野心的な、しかしメスは切れる財前五郎的外科医に処置してもらって、抗がん剤はきっぱり拒否するつもりだ。きちんと冷徹にも客観的情報を提供する医師を選ぶべきであり、愛に満ちてやさしく、いつもニコニコ牧師顔の医師はやめることをお勧めする。放射線については最近はコンピューター制御により精密に患部を狙える機器もあるので検討するだろうが、抗がん剤は副作用の方が大きく、QOLが極端に落ちるからだ。

なお、下は副作用で一時話題となった肺がん治療薬イレッサ(ゲフィチニブ)の立体分子構造。いつものようにグリグリして遊んでください。タンパク構造の活性部位にはまり込んでいるのが見えますか?

(画面上で右クリックしてStyle→Streographicと選択しますと、3Dで見ることができます。ちょっとコツが要りますが・・・・)

イレッサの分子構造

イレッサの作用するタンパクの立体分子構造

注:固形がんについては血管内皮細胞増殖因子 (VEGF)の働きを阻害し、血管新生を抑えたり腫瘍の増殖や転移を抑えたりする作用を持つアバスチンなどが有効とされている(関連ニュース:Death Panels Begin: Reaction to FDA’s Decision to Begin Rationing)。類似の抗がん剤にSU11248があり、これもすでに認可されている。分子構造は次のとおり。

SU11248

追記:最近、抗生物質耐性菌の出現で、あちこちの大学病院で死者が出ているが、そのひとつにNDM-1(New Delhi Metallo-β-lactamase-1)を持つ大腸菌がある。この酵素は抗生物質のβ-ラクタムを加水分解する。既存のほとんどの抗生物質がβ-ラクタム構造を含んでいるので、それらに対する耐性を持つことになる。2009年、インド・ニューデリーに旅行して細菌感染症を発症したスウェーデン人から初めて発見されたので、「ニューデリー」が名前の中に入ったらしい。この酵素の構造モデルが最近構成された。かくして抗生物質と細菌のイタチゴッコが続く。

The protein model for New Delhi metallo-beta-lactamase (NDM-1) or blaNDM-1 gene of metallo-beta-lactamase [Klebsiella pneumoniae]

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