昨晩、サーバーが落ちておりました。
* * *
奇しくも25日のアーサー・ホーランドの言葉が沁みますね:
息る
死が向かってくる、いや死に向かっていく
生きるということは死という現実なしではありえない
いかに地上を去るか、その日を目指して生きる。改めてわが人生の課題となりました。
* Dr.Luke的日々のココロ *
昨晩、サーバーが落ちておりました。
* * *
奇しくも25日のアーサー・ホーランドの言葉が沁みますね:
息る
死が向かってくる、いや死に向かっていく
生きるということは死という現実なしではありえない
いかに地上を去るか、その日を目指して生きる。改めてわが人生の課題となりました。
SaltさんやCandyさんも掲載されていますが、告別式で配られた彼女の証しです。
証詞(2005年4月27日)
私は、がんと闘い治療する日々の中で、クリスチャンとしてのあり方の変化を経験しました。以前は、自分の努力で自分を変えようと一生懸命であり、そこに喜びを感じられず、考えられるすべてのことを試し、癒しを求め、しかし何もおきず、どうして良いかわからない状態でした。
放射線治療の影響で、礼拝も聖書を読むこともできない中、ただ「主よ」、「主よ、助けてください」と祈ることしかできませんでした。そのような状態においても、主は私を受け入れてくださることはわかっていつつも、喜びを感じることができずにいました。
しかし、ある小さな出来事を通して、主の恵みは行いの結果ではないのだと理解しました。何よりも大切なことは、私がどうであるかでも、何ができるかでもなく、ただ主がすばらしいということ。私の目線は私自身から主へと変わり、解放と喜びを経験しています。
私の内での変化は、周囲の人々にも影響しはじめました。キリストのいのちは私の中で大きく育ち、周囲と広がっていきます。私はただ主のうちにとどまり、楽しむだけです。主は真実な方、与え、十分に満たしてくださります。
そのために主は十字架につけられ、よみがえりました。それは特別な誰かのためだけではなく、求めるすべての人に与えられます。キリストにあって私はもうすべてを満たされました。最もすばらしいお方が、最も近くにおられます。なんという幸いでしょう。
「なぜなら、私にとって生きることはキリストであり」(聖書 ピリピ人への手紙1章21節)
「なぜなら、命の御霊の法則が、キリスト・イエスの中で、罪と死の法則から、私を解放したからです」(同 ローマ人への手紙8章2節) 三宅恵美
(原文は英語だったものを、牧師及び家族で翻訳しました)
私たちの親愛なる主にある姉妹が、本日15時ごろ、その肉体の苦痛を解かれて、主の身元に召されました。
しばらくここも喪に服したいと思います。皆様の励ましや祈りをありがとうございました。
追記:故emi姉妹のブログに葬儀日程のお知らせがあります。
次女がオランダとベルギーの旅から帰ってきました。現地に着いた早々、例の列車事故があって、幸い彼女たちは難を逃れたのですが、特急が不通。ローカルを乗り継いでの旅となったようです。いろいろお土産がありますが、やはりチーズなど乳製品は実に美味いですね。それからベルギービール。濃いです。それと一粒1,000円のショコラとか。大トロに匹敵します^^
それにしても、今回はどうも風邪が長引いています。この1週間、確定申告をするなど以外は家に引き篭もっていましたが、いまだに体がだるくて、力が入りません。が、今日は思い切って映画へ。そう、何しろ禁断症状が出るのです・・・。
こんな体調の時は軽いものを。タイトルは『バレンタインデー』。『プリティウーマン』の豪華キャストによるラブストーリー。バレンタインデーにあって、老若男女、オトナから子供まで、さまざまのカップルの恋愛模様を描く、ちょっと洒落た作品。それぞれの恋愛には裏事情があり、真実を語ったり、知ったりすることにより、互いに傷つけたり、赦し合ったり。軽いタッチだが、爽やかさを感じることのできる作品。
一緒に暮らす恋人に、朝一番でプロポーズをした花屋を営む男。笑顔で婚約指輪を受け取った彼女は、彼が出かけた後に、なぜか部屋の荷物をまとめ始める…。飛行機でたまたま隣り合わせた男女。男は洗練された物腰が魅力的な30代。女は11ヶ月ぶりに一晩だけ、LAでの滞在許可が出た軍人。会話を交わすうちに惹かれ合う二人だが、共に目的地には意外な人が待っている…。理想の男性と出会い、幸せいっぱいの小学校教師。仕事で出張に行く彼をこっそり追いかけると、彼は飛行場ではなく、秘密の場所へと向かっていた…。結婚50年を過ぎても変わらぬ愛を誓い合う夫婦。だが、よりによってこの日に、妻は夫に重大な告白を始める…。有名アメフト選手のマネージャーをする女は、今年も開催予定の“バレンタインデーなんか大嫌いだ!パーティ”の参加者がまだゼロと知り焦る。そんな彼女に近づくスポーツキャスターは、彼女がバレンタインデーを嫌う本当の理由を知った時から、彼女の存在が気になり始め…。
* * *
本日の二枚。一枚目はニッポンのJazzヴォーカルNo.1ディーヴァと目される青木カレンの"BY MY SIDE"。前に彼女のライブにも行っているが、そのヴォイスの深みと艶が魅力だ。
二枚目は、これも前に紹介したが、韓国のUnitWINTERPLAYの"Sunshines"。その透明感のあるルックスと、やはり透き通ったヴォイス、軽いリズムのノリが実に楽しめる。Jazzと言うよりは、Jazzy Popsに分類されるようだ。私的には実にfavorite。収録された曲をひとつ紹介します。
●Winterplay - Billie Jean
Sugar氏のブログで面白い話が展開している。題して「一つなのに区別がある」。たとえば、主はヨハネ17章において、「わたしと父がひとつであるように、あなたがたもひとつとなる」と言われる。父と子は区別される存在であって、ウィットネス・リーの言うように、父、子、御霊は神の取られた手順とか段階ではない。子は父を、「アバ」と呼びかけ、父は子を見て「これはわたしの愛する子」と言われる。しかし父と子は「ひとつ」であると。
この御言葉に書いていることを、私たちの知性のフレームに収める努力をすることなく、そのままに「アーメン」とすること、これがキリストを知ること。それは内なる御霊が御言葉と共に働いて光を放つとき、私たちの霊の中に焼き付けられる。対して、この「ひとつ」とは「3つのヒュポスタシスとしてある神が、ひとつのウシアを共有すること」とか知性のフレームにおいて説明すると、いわゆる神学の命題となり、このような命題の集合体がキリスト教神学を構成する。かくして諸々の伝統や習慣が結合されて、いわゆるキリスト教が構成される。この命題の集合体や伝統や習慣が微妙に異なるために、たとえば西方キリスト教と東方キリスト教はシスマに至った。こうして互いに断罪し合い、キリスト教の血で血を洗う歴史が刻まれた。
ある意味、私たちはこのキリストとキリスト教の切り分けを追求している。それは信仰そのものが問われるのだが、その究極が、あの主と共に十字架につけられたふたりのうちのひとりだ。彼は手足を釘で打たれ、何もなし得なかった。が、ただ、目の前の人物を、その方と認めたのだった。これが彼の永遠を決定した。このような瞬間瞬間が私たちの生活でも生じているはずなのだ。
Candyさん(愛知県のさっちゃん)がとても面白い記事を書かれている。題して「まことの陶器師の手の中で」。何と陶芸家は器を作る際、土を練るのだが、それは「土を殺す」過程なのだとか。
ろくろに置かれた土が、陶器師の手の中で中心に向かってまっすぐに伸びるまで、何度も倒され延ばされるのです。
延ばしている最中、ろくろの上で横を向いてしまった粘土に対して陶器師は、
「ほら、これはまだ土が生きている・・暴れているんですよ。
だからまっすぐになるように土を殺すのです」と言った。
驚きました。土は殺されて初めて陶器師の意図に沿った器に形作られる。ここにも地上の現象は天の現象の型であると知るわけです。
何とこのふたり、長島と加藤はわが故郷の下諏訪出身ではないですか!
「長島すごいぞ」「条治もやった」。バンクーバー五輪のスピードスケート男子五百メートルで長島圭一郎選手(27)と加藤条治選手(25)が15日(日本時間16日)、ダブルでメダルを獲得し、2人が所属する長野県下諏訪町の日本電産サンキョーや地元には大歓声が起きた。2大会ぶりのメダルでお家芸復活。両選手に惜しみない拍手と声援が送られた。
というわけで、ややかなりうれしかったりするわけ![]()
・元記事
追記1:女子5位の吉井も電算サンキョー。今年下諏訪は御柱祭でも盛り上がります。
追記2:母国国母のカッコウはいろいろ言われておりますが、私たち大学教員は見慣れたものでして、あまり違和感はありません。叩かれついでに金でも取れば面白いかも。
熱が相変わらず37.7℃。それでもドッグを受診(影響が出るでしょうね)。いつもどおりひとおとり検査して、内科医と相談の上、ついに高中性脂肪(TG)に対する服薬を決断。コレステロールは問題ないのだが、TGだけはどうしても下がらない。年齢も考えて、というわけだ。薬はベザテートSR。実は服用を躊躇っていた理由は、副作用として横紋筋を溶解することがあるからだ。が、背に腹は変えられないというところ。とりあえず1日1錠を4週間服用し、再検査の予定。さてさて、どうなりますか・・・。
追記:一応言っておこう、私はメタボではありません!
と題する野口悠紀雄氏の記事が、文藝春秋今月号に掲載されている。要点はこうだ。ニッポンの個人資産は1,400兆、国債残高が862兆。よってまだまだ国債を消化できると考えている向きが多いが、実はこれは幻想。国債の消化先を見てみると、実は金融機関であって、これは企業に対する融資が減少したため。しかも国債の使い方はバラマキで、何も価値を創造していない。さらに家計は貯蓄率をどんんどん減らしている。
要するにタコが自分の足を食べて生き延びる構造に落ちているわけ。すでにニッポン国債の格付けはランクを下げている。いずれ1,400兆を食いつぶした暁には、国債が消化できず長期金利は跳ね上がり、ニッポン経済は破綻する。下のデータは現ニッポンの貸借対照表。政府はすでに504兆の債務超過。家計部門でかろじて248兆のプラスだ。
熱が下がらないのだが、それでも国会中継を観ていたが、あの穏やかな与謝野氏が鳩山氏を鋭く追及し、鳩山氏が気色ばった場面もあって、ヒヤリとしたが、民主党は明らかにニッポンを「蛸足食い潰しモード」に陥れている。4月からの予算を家計レベルにして言えば、500万あった収入が380万に減り、ローン残高が8,650万。この上に570万の新規借金を作り、950万の出費をするというわけだ。借金の利息は2%の金利として173万。ニッポンは確実に内部崩壊している。
それにしても同誌はやはり小沢叩きがスゴイ・・・。
追記:ギリシャがかなり危なそうです。粉飾がなされてきたようですが、国家的山一證券事件となるかもです。経済力の異なる国々を一括でユーロでまとめてしまうことがそもそも無理があったわけですが。
熱のため脱力しており、どうも書く気力も出ないのだが、Candyさんのブログを開くと、何と「ハレルヤ!合格しました!」と。思わずコメントを入れてしまいました。
聖なる方、真実な方、ダビデの鍵を持つ方、この方が開けると、だれも閉じることなく、閉じると、だれも開けることがない。その方が次のように言われる。「わたしはあなたの行いを知っている。見よ、わたしはあなたの前に門を開いておいた。だれもこれを閉めることはできない。あなたは力が弱かったが、わたしの言葉を守り、わたしの名を知らないと言わなかった。・・・」
小沢さんはついに不起訴。副島氏や植草氏は地検を批判。裏にCIA工作があることも示唆している。で、例によってリチャード・コシズミ氏が面白いので、リンクを張っておきます。地検はゴロツキの集まりであると・・・。前半部は同氏のお弟子さんのようです。
前に朝青龍は相撲を神事から格闘技にしたと評したことがあった。しかし考えてみれば、神道なるつかみ所のないものに基づく相撲の精神を、モンゴル人に理解せよと要求する方が酷なのだ。あの草原のゲルで暮らす彼らに、「何事のおわすかは知らねどもありがたきに涙こぼるる」は土台無理だ。かくして朝青龍には何ゆえに自分がバッシングを受けるのか、ついに理解できなかったろう。彼のマネージャーがその朝青龍公式ブログで、ふたりで悔し涙を流したと報告している。ある意味、彼らも理解できる。
そもそもニッポン人がすでにハングリー精神を喪失し、相撲などと言う不確定要素の大きい世界では生きていけなくなっているのだ。そこをモンゴル人やヨーロッパ人で埋め合わせようとするところに、現在の国技相撲の悲劇がある。貴乃花親方が理事になって、その教科書的模範的主張によって改革できる世界ではそもそもないのだ。どうも存続自体が危うくなってきた感があるのだが・・・。民主党と相撲界と、共にカプセル化した世界。自己崩壊のリスクが高まっていることは間違いない。(いつもながらニッポンキリスト教界も・・・)
『抱擁のかけら』。なかなかに濃厚なオトナの恋愛と、愛憎の物語。Dr.Luke的にはかなり好みの作品である。
ペドロ・アルモドバル×ペネロペ・クルスによる、愛の誕生、死、そして再生を描いた濃厚なラブストーリー
盲目の脚本家のハリー・ケインは新聞記事で実業家のエルネストが亡くなった事を知る。その後、エルネストの息子がハリーを訪ね、自分の監督作の脚本をハリーに依頼。それをきっかけに、ハリーは封印していた過去に向き合う。今から14年前、失明する前のハリーは、新進監督マテオとして活躍していた。ある日、マテオはオーディションにやってきた美しい女性レナに心奪われる。しかしレナは、実業家エルネストの愛人だった…。
かつて新進気鋭の映画監督だったハリーがいかにして盲目になったか。そこに至るまでのレナとのオトナのしかし純な関係を中心に謎解きが進む。彼らは共にエルネストから、ランサロテ島へと逃避する。そこで抱擁する彼らのたくさんの写真。ところがそれらはすべて破り捨てられる。そして迎える悲劇の瞬間。それを撮影していたエルネストの息子のカメラに写っていた真実は・・・。
ハリーは悔やむ、「俺たちは抱擁しない間に、別々に事故にあっってしまった」と。しかし最後の瞬間のシーンを見たハリーの息子は、彼らがキスをしている場面を見出す。盲目のハリーは見ることができないそのスクリーンへと両手を伸ばす。何とも甘く切ないラストだ。
主演のペネロペ・クルスは、ここでも紹介した昨年の今頃公開の『エレジー』でその魅力を知った。大学教授と教え子のオトナの純粋な恋愛。これもラストが甘く切なかった。ややオードリー・ヘップバーンと似ている彼女は、清楚な雰囲気と大胆なセクシャルな表現をなし得る女優。しかしその裸体もけっしていわゆるエロではない。あくまでも可憐なのだ。こういった作品にまさにはまる女優だ。
なかなかに堪能できた作品だった。が、何とチネチッタで発券しようとすると、エラーで出てこない。おかしい。事務所で調べてもらうと、なんとネットから予約を入れる際、明日を予約したのだ。これはパー、やれやれ、参りました。やっぱり若年性のADなのだろうか・・・汗
ある姉妹と3時間ほど心を分かち合った。クリスチャンにとって、何の取り繕いもないままに、互いの心の内をシェアできることは実に幸いなこと。真実に触れると心が解放され、安息と平安、そして喜びが満ちる。不安も、心配も、苦痛も、そして喜びも、楽しさも、どれだけシェアできるか、これが私たちの交わりの質を決定する。それは社交術ではなく、主と私の関係の反映である。地上の夫婦が、天のキリスト(夫)とエクレシア(妻)の関係の反映であるように。
私はどのようにしてその日を迎えるのだろうか?今、主にある親愛なる姉妹がその日に近づいております。私たちにはすでに何もなし得ませんが、ただ祈りにあって覚えることだけはできます。そしてそれを主は聞いて下さっていることは真実です。そのことだけが今の私たちの心のよすがです。しかし地上を去ることは地上の幕屋の束縛を離れて主の懐への幸いなる旅立ちなのです。The Beatlesの"Golden Slumbers"をアレンジします:
Now there is a way
To get back homeward
Now there is a way
To get back home
追記:愛知県のさっちゃんも共にシェアしてくださっています。
と題する証をsasukeさんが書いておられます。この試練の期間を通して奥様も主を知り、さらに夫婦ともども仕事までも備えられました。これまでの生活も確保されました。私たちの喜びは、仕事が与えられること自体ではなく、そのことによって主をより深く知り、主を愛するようになることです。そしてsasukeさんが言われるとおり、「主のしあわせを」求めたいのです(「神の幸福」は今年の私たちのスローガンでもあります。)。素晴らしい証で励まされますので、ぜひご一読を。
追記:なんとヴィオロンさんも主の真実を証しされています。何と美しい主のみ業でしょう!