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* Dr.Luke的日々のココロ *
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NYダウはやや戻したものの、日経平均は12日営業日連続下落で、記録更新。12,000円も・・・。原油はついに145㌦突破。物価も上場傾向で、ヨーロッパ連銀では利上げ。日銀も利上げモードにはいっているようだが、景気はますます悪化。景気が悪いのに物価は上昇、つまりスタグフレーション。経済のガンである。要するに金融経済が実体経済を振り回しているわけだ。あたかもネット上の殺人予告などで警察が振り回されるのと同じ。リアルとヴァーチャルが表裏一体で、騙し騙され、故郷は、じゃなくて、真実はますます遠くなりきの昨今だ。
で、PC演習のパワーポイントの指導用に、ひとつサンプルを作ってみた。題して『マッチョな男たち-マッスルな世界-』。これを学生たちにデモするわけだ。さて、さて、反応は如何に・・・。
で、この素材を収集していて、ある画像を見つけてしまった。ショック!「嗚呼、時は非情だ・・・」。しかし、これって、ホンモノ?
警告:人によっては、アレルギー反応を起こすかも・・・(でも、この頃まではまだカッコよかった。ドリアン・イェーツあたりからはちょっとキモイ・・・クリックは自己責任でヨロシク)
こちらは古のシュワちゃん・・・
リチャードさんが、7月1日の日記で「最近のメディアって、なんでこう、フツーでないのかな。テレビを毎日観ている人達にとっては、フツーなのかもしれないけど、テレビの無い私の身に付けている常識からすれば、テレビの世界の事象は、全然非常識に感じるのです」と指摘されている。
また6月28日にはイタリアの落書きについても「京都産業大は、世界遺産落書きの3学生を停学にしたり、本人達を現地に向かわせ、自分で落書きを消させる措置も検討しているのを、大聖堂側は、なんで日本だけはこんなに大々的に(自虐的に)事を大きくするのか、と訝しがるかもしれない。あいにく日本は、ネットやマスコミでひとたび炎上すれば、ターゲットにされた人/組織側はそれなりの罰などを自身に科さなくてはならないカルチャーなのだ」と指摘する。実際、現地イタリアではニッポンの厳罰に対して「あり得ないことだ」と驚いているのだ(→記事)。
一方で「2ちゃんねる」とか「学校裏サイト」、「闇の職安」といったサイトがフツウに蔓延し、アキバ事件などの温床となりつつあるニッポン。昔から「日本の常識は世界の非常識」とか言われてきたが、このカプセル化したニッポン社会は、私の予想を超えて、すでに相当に倒錯が深くなっているのかも知れない。神の裁きの御手を切に待ちたい、ますます三島モードに入ってしまうDr.Lukeではある。
『三島由紀夫とアンドレ・マルロー』。う~ん、これは一気に読んでしまった。三島由紀夫とアンドレ・マルロー。社会との関わりでは対比的なこの二人の取り合わせが面白いが、時代はニッポンとフランスで、ユングの言うシンクロニシティーが起きていたのかも知れない。とりあえずマルローについては自分で読んでいただくこととして、三島について―。
三島は「などてすめろぎは人間となりたまいし」と呻き、マルローはニーチェの「神は死んだ」世界にレジスタンスとして生きた。共に「神」を喪失していたのだった。三島についてはここでも何度も触れているが、それは私の内なる三島由紀夫が共鳴しているからだ、とこの本ではっきりと分かった。
このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなってその代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。
この「無機的な経済大国」が私の言うニッポンである。
外国の金銭は人らを走らせ、もはや戦いを欲せざる者は卑劣をも愛し、
若人らは咽喉元をしめつけられつつ、怠惰と麻薬と闘争に
かつまた望みなき小志の道へ羊のごとく歩みを揃え
魂は悉く腐食せられ、清純は商われ、淫蕩は衰え、
ただ金よ金よと思いめぐらせば、人の値打ちは金よりも卑しくなりゆき、
大ビルは建てども大義は崩壊し、その窓窓は欲求不満の蛍光灯に照り輝き、
血潮はことごとく汚れて平和に澱み、
ほとばしる清き血潮は枯れ果てぬ
かかる日に、などて・・・
とつながる。まさに閉塞した今日の霊的真空地帯ニッポンの様である。
そして三島は「武士道といふは、死ぬことと見つけたり」の『葉隠れ』と『陽明学』に傾倒していく。著者は指摘する、「『葉隠れ』とは不思議な書物で、実践論として読むと、これほど具体的で面白いものはないのだが、ひとたび観念論で捉えると、極めてファナティックに見えてくる。戦前軍国教育に利用されたのも、その危険な陥穽を示している」と。三島はその知的世界において、『葉隠れ』を自らの「生」そのものとして読んだのだろう。それは「主体的死」は死ではなく、むしろ新生を意味するからだ。
彼の心底は「たしかにニ・ニ六事件の挫折によって何か偉大な神が死んだのだった」と、すでに11歳の時に感じている。同時に彼は何と空飛ぶ円盤に関心を深めるのだ。さらに霊的世界に没頭する。それもニ・ニ六事件の英霊に、である。その気持ちも大いに理解できる。彼にとってそれらは、ニッポンと対峙する苦痛から逃れ、一抹の心の安らぎを得る場だったのだ。
時代の欺瞞性を指摘する彼にとって、実は敗戦後の欺瞞に満ちたニッポンに生きた彼の「生」そのものも、「私の中の25年間を考えると、その空虚に今さらびっくりする。私はほとんど『生きた』とはいえない。鼻をつまみながら通りすぎたのだ」と独白する。さらに「それほど否定してきた戦後民主主義の時代25年間を、否定しながらそこから利益を得、のうのうと暮らして来たということは、私の久しい心の傷となっている」と、自らの「生」を自己欺瞞と断じる。
かくして『憂国』において、若き近衛歩兵武山信二中尉の切腹とその妻の殉死のエロス的耽溺美を描いた。それは、実は、彼自身であったのだ。彼がボディビルに入れ込んだのも、単に肉体性の追求ばかりではなく、実は自分を真の「神」なる存在へと供するためであった。その死をもって彼は自分の生を証明したのだ。
1970年、あの日の事は、虚無感に呻吟し、その窒息感の中でのたうちまわっていた中学3年の私にとって、実に新鮮な驚きだった。「こんな生き方があるんだ!」と。が、時を経て、まったく意図せざるも私は真の神を見つけ、この肉体をその方に供することができれば、何というエクスタシーであろうかと夢想している。しかし三島はこの方を見出し得なかった。私と三島はほとんど似ていて、しかし間一髪の違いで、私は、今、ここに、こうしている。
しかし実に惹かれるのだ、三島由紀夫的生き方。彼が古式に従って、綺麗に腹を切ることができたことに、少なからぬ嫉妬を覚えている。いつか、私も自らこの「主体的死」へと入りたい。
追記:思うに三島は「神」が人になったことで「生」の意味を喪失した。対して私は神が人になったことで「生」の意味を獲得した。それは実に僅差なのだ。
本日のNHK『クローズアップ現代』。アメリカの北朝鮮テロ支援国家指定解除について、横田さんがブッシュと撮った写真を手にしながら呻いていた。「ブッシュ大統領の頭の中が理解できない」と。彼らが米国に期待しても、裏切られるだけ。米国はいわゆる公義に従ってはいないし、正義の実現も目論んではいない。次期大統領はオバマと決まっているらしいが、彼とてもその筋に逆らえば暗殺もあり得る。
プロトコルがまったく異なるのだ。この用語は原義は「儀礼」の意味であるが、今日的にはデータ通信用語であり、インターネットのTCP/IPもそのひとつ。データのやり取りの手順を意味するが、この規格が異なれば、通信はまったく不可能。
同様に、人との関わりを持つ場合、相手のプロトコルを知らないと、大いなる齟齬が生じる。だから私はビョウキの人々とはガチンコしてはならないと言っている。逆にプロトコルが分かるとその言動も理解できる。もっと言えば、その人の大脳辺縁系に蓄積されている情動と記憶の過去の痕跡から、いわゆる価値観や人生観が構成されるが、それがプロトコルの核心。つまり何を一番大事にし、動機がどこにあるか。
人は結局、たとえ再生されたとするクリスチャンであっても、現経綸においてはこの大脳辺縁系の影響を免れ得ない。よって再建主義などのように、現経綸で"ヴァージョンアップしたモーセ律法"を社会や司法に適用し、100%の神の国の出現を実現することは、人間を知らない暴挙であり、結局は批判者のカルバン的粛清と狂気を生むだけだ。
ニッポンキリスト教の病理はすべからく霊的問題や聖書解釈の問題以前に、この大脳辺縁系に由来するのだ。昨日語ったキリスト教のバビロン化の問題の本質もまさにここにある。人間性を忘れた神学などは、人間性疎外と狂気を生むことは、ニッポンキリスト教の現状を見れば、言わずもがなであろう。
ブッシュと横田夫妻。あまりにも乖離し過ぎている。それにしても高村外務大臣も、あそこで力説するほどにニッポンの無策、手持ちカードがないことを露わにしてしまっている。自立し得ない、去勢されしニッポン。しかして、サミットまであと1週間。せいぜい期待はしないで置こう。
『一生太らない体のつくり方』。81年、83年度ミスター日本の東大教授石井直方氏の著作。基本的にネアロビクス(無酸素運動)の筋トレとエアロビクス(有酸素運動)をいかに組み合わせると脂肪の燃焼効率を上げ、筋増量を図ることができるか平明に説いている。
ポイントは筋トレによりアドレナリンと成長ホルモンが分泌され、その後にジョッギングなどを行うと脂肪燃焼と筋増量にとって最善であること。この順番ははじめて知った。私的にはジョッギングで筋肉を暖めてから筋トレだったのだ。しかし他の知見はだいたい経験的に会得している。特に筋トレで実に気分が良くなることは経験的に知っているが、やはり脳内ホルモンの分泌に良い影響があるようだ。若くいるためにも筋トレは最高ですね。お腹がお供え餅化していることを気にしている諸兄姉にお薦め^^
参考:
・日本ボディビル連盟(http://www.jbbf.jp/)
・健康体力研究所(石井氏コラム)(http://www.kentai.co.jp/column/ishii.html)
ベンジャミン・フルフォード氏のBlogで紹介されていた合成生物たち(→こちら)。不気味な動物たちだが、実はこの写真はエイプリル・フールのもの。フルフォード氏は純粋な人だからかつがれているようだ。BUT、本日の日経でも記事になっていたが、米メリーランド州のJ.グレイグ・ベンダー研究所で遺伝子約480個を持つ、塩基配列58万個のマイコプラズマのDNAが合成されている。これを細胞体に入れると、まさに人工生命が・・・。
かつてバル・キルマー主演の『DNA』という(原作:H.G.ウェルズの『モロー博士の島』)、マッド・サイエンティストが孤島で自分が創り出した生命たちと暮らすSF映画があった。あるいは手塚治虫の『火の鳥』でチューブの中でしか生きられない人工生命の話があった(それで作られた女性の名はまなみだったかな)。この実現が近い。特許申請の可能性もあるとか・・・。ダニエル書に「終わりの時代には知識が爆発する」とあるが、まさにそのとおりになりつつある。
人類は禁断の領域に入り込もうとしているわけ。神はどのように感じられているのだろう?
追記1:進化論を採る人々にとっては、人間がDNAを合成し、生命をコントロールする技術を得たことがスゴイわけだが、なぜかその造物主を崇めることはない。それは人類の功績であって、究極の自己満足の世界ではある。
追記2:小学校3年の時、『少年マガジン』でフランケンシュタインの物語を読んだとき、「生命って何だろう?」と思った(実は床屋で読んだのだが、この瞬間は今でもヴィヴィッドに思い出せる)。仮に蛋白質で骨格・内臓・皮膚と作れたら、それで生きた人間ができるのだろうか?それ以来、生命に取り付かれているのだが、今回のDNA合成も、これで生命を作れたことになるのだろうか?DNAは4つの塩基配列の2重螺旋の化学物質に過ぎない。これは生命そのものではない。では、生命は細胞質にあるのだろうか?京大のiPS細胞(この命名はiPodの真似だとか^^)も分化の終った細胞に4つの遺伝子を入れると、初期化されて発生を一から開始するのだが・・・。と、つらつらと考えてると夜も眠れない。
トミー・リー・ジョーンズ主演『告発のとき』。原題は"In the Valley of Ela"。旧約聖書のダビデ対ゴリアテをモチーフにしているわけで、ハギス監督はイラクをエラの谷に見立て、そこに若者を送ったわれわれの責任を考えるべきだと言っている。ストーリーはばらさない方がよいと思うので、一言。真実を知った人間が、特に惨殺された愛する息子の真実を追ううちに、彼の心の闇に否応無しに直面せざるを得なくなった父親の衝撃はいかばかりのものか。特にそのパーソナリティが完全癖傾向を有し、いわゆるプライドの高い、厳格で、モラルを重んじるキリスト教徒だった場合・・・。
トミー・リー・ジョーンズは91年度のセガールの『沈黙の艦隊』で、ややサイコなテロリストを好演して、ハリソン・フォードの『逃亡者』でも偏執的なジェラード警部がはまったし、『ブロークン・アウェイ』ではIRAのサイコな爆弾魔を不気味に演じた。対して『ボルケーノ』ではFEMAの英雄的キャラを演じたが、やや面白くなかった。つまり彼はサイコな役どころがピッタリなのだ。しかし最近はテレビの缶コーヒーのCMなどでややお笑い系を演じている。ちょっとイメージが崩れたが、本作品では実に渋い、やや強迫性を帯びた古典的軍人かつ父親の役どころを重厚に演じている。こういった俳優になると、顔の一本一本のシワすらも絵になっている。アメリカの病理を父と子の関係において描き出した秀逸な作品。お薦め。
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本日の一枚は"that's jazz"。various artistsの3枚組み。John Colrane, Louis Armstrong, Charlie Parkerと言ったいわばJazzの教祖的なアーチストの代表作が楽しめる。
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で、本日はBenjamine Fulford氏の講演会に参加してきました。内容は・・・、後ほどDVDになるでしょう。