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Dr.Lukeの一言映画評

アップロードファイル 16KB太陽』−人間昭和天皇ヒロヒトの苦悩と孤独を描くロシア映画。日本では公開不可能だろうと言われていたらしい作品。小生の印象:昭和天皇の魅力は山下清と同じだ!

先帝は現人神に祭り上げられつつも、戦争を終結することはできず、本人はそのことに窮屈感と苦悩を覚え、東京大空襲の悪夢にうなされている。息子に手紙を書き、皇国は高ぶり自らの実力を知らず戦争をしてしまったと告げる。

そしてついにマッカーサーの前に立つ時が来る。天皇はすべての屈辱を飲み込み、自身を連合国の裁きに委ねることを告げる。マッカーサーも当初は「あなたは何百万人も殺した独裁者だ」と天皇を挑発したり、揶揄したりするが、当の天皇はそれらに対しては無邪気をもって応える。

アップロードファイル 67KB突然ナマズの話を嬉々として話し出すかと思うと、マッカーサーのハバナ葉巻をねだったり、独りになるとダンスを踊り出したり・・・。MPカメラマンが天皇の写真を撮る際、天皇を小馬鹿にして「ヘイ、チャーリー(チャップリンのこと)!」と揶揄しても天皇は無邪気にポーズを取る。むしろ「自分は本当にあの俳優に似てるの」と侍従に尋ねる。英語での会話の途中に「あ、そう」と答える面白さ。悪意に対しては赤子であれと聖書にもあるが・・・。(写真は下呂温泉にいたチャップリン・・・なぜ?)

かくして天皇は人間宣言をもって、かつてより感じていた窮屈さ、不自然さから解放され、疎開先から帰ってきた皇后と手をつないで子供たちのところに駆け寄る場面で終わる。

かつての2.26事件は天皇親政を目指したものだったが、当の天皇の怒りを買った。その時の首謀者磯部浅一は「天皇陛下、何と云う御失政でありますか。何と云うザマです、皇祖皇宗に御あやまりなされませ」と獄中で書いたそうだが、まさに本作品に対してこのような反応する人々もいることだろう。事実天皇の人間宣言を録音した若い技師は自決した。

マッカーサーがなぜ天皇を裁け(裁か)なかったのか。もちろん占領統治上のテクでもあったろうが、しかしもっと本質的な理由が本作品で分かった気がする。同じ平面にいない人なのだ。現人神としてではなく同じ人間として、ある意味で勝者・敗者を超えており、むしろ天皇を揶揄する自由と平等の戦勝国の卑しさが暴露する無邪気さを持っていらした。あるいは何気さと言うべきか。これは実に山下清に通じるものである。

作品としてはイッセー尾形が間違えるくらいに物腰ソックリに演じていた。ややもすれば形態模写でお笑い系になる危険もあるが、抑えた演技がよい。天皇のややビョウキっぽい要素も醸しつつ、周りに祭り上げられた「神」の孤独と苦悩を、オーヴァーな演技に寄らずよく表現していた。むしろロシア人がこういった感受性の作品を作ることに驚いた。

日本人が天皇に惹かれる要素はたぶんこの無邪気さにあるかもしれない。私の左翼系の友人が軽井沢で天皇を見た時、つい頭をたれて礼拝したくなったと言っていた。主義・主張・論理を超えた「ありがたさ」を感じさせるようだ。やはり西行の「なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」に日本人の心性の本質が現れている。

ついでに言えば、富田メモに現れた天皇のお心や最近の靖国の論調など、ユング的にはシンクロニシティ(同時性)と言える事件が次々に起こる中で公開されたことに、やはり時代の霊の流れを感じている。

告白すると私などもキリスト教界の卑しさ・浅薄さあるいは不毛さに触れていると、上の京都府神社庁の感性にややもすると惹かれるのだ。私の内なる日本人の集合的無意識に対して日本の霊(ストイケイア)は実に甘美な刺激を与えてくれる。アップロードファイル 117KB(写真はわが下諏訪の下社秋宮の境内)

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わが大先輩の若月先生死去(→記事)。先生とは私も少なからず関係がある。長野県は佐久の農村医療のパイオニア。NHKプロジェクトXでも取り上げられた。ご冥福を。

Commented by イザヤ・ベン・ハー 2006年08月22日(火)23:05

BBSにもちょっとカキコしましたが、主イエスの統治の実現はこういった「ありがたさ」に人々が触れ、それに服することから始まるのでしょうね。もっとも「ありがたさ」を感じさせる方は主イエスですからね。