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自他のジレンマ

宮内氏が鋭い指摘をされている。いわく、世間の喪失は個人の肥大化を意味し、それは恥を失って獣欲の解放を促し、結局は他者を喪失することにより自己をも失う。これが現在のニッポンの病理。処方箋は肉となった神、イエス・キリストのみであると。キリストとキリスト教は別物であることを知らしめる必要がある。まったくもってアーメンです。

いわゆる牧師はこういった真実を語ることができない。あなたはオンリーワン、高価で尊く、人生マイナスがプラスになり、商売繁盛家内安全・・・と、彼らはキリスト教商売をしているからだ。そういった証しならば○○学会の方がはるかに優れている!ニッポンキリスト教に必要なのは、宮の両替人を追い払ったイエスの鞭である。

Commented by Rutsuki 2006年12月07日(木)09:36

思わず拍手! 全くその通りだと思います。しかし、商売をしているとは気づいていません。献身しご奉仕していると信じています。キリスト教に献身し、キリスト教に奉仕しているのですのですが見えていません。

Commented by kenji 2006年12月07日(木)17:52

そもそも「献身(者)」って何でしょうか?
聖書のどこにも出てこない不思議な概念。
さてルークさんは献身者なのでしょうか?

Commented by Luke 2006年12月07日(木)18:23

献身はイエスの血で買い取られたことの自分の意志による表明です。いわゆる世の仕事を捨て、「教職者」になって献金で暮らすことではありません。このニッポンキリスト教の「献身制度」がすべての問題のルーツではないでしょうか?

私はキリストには献身していますが、キリスト教にはしていません^^

Commented by くろねこ 2006年12月07日(木)21:05

おっしゃる通りだと思います。とても不思議な制度ですね。
献身といえばとても聞こえがよいですが、いわゆるたかりのようなものでしょうか?元教会の牧師さんなどは信者の献金だけでは家をたてたり、子供を私立高校にもやれないので、正社員で働いているそうです。それもなんだか。。。
本来は皆、イエス・キリストに献身、ですね。

Commented by エタ 2006年12月08日(金)09:22

アーメン!!最近、未信者の方2人にそれぞれに、キリストとキリスト教の違いとイエス様の宮での商売人への怒りを話したら、今まで信仰の話しに成ると目がとろ〜んとしていた人、そして怒っていた人が、目をぱっと見開いて話を聞き出す・・・・この世の人の方が「宗教」そのものには非常に敏感であることを、改めて知りました。
 「『隠れキリシタン』でもいいから、聖書の言葉でその問題を祈ってみて!!」

なんだか、めちゃくちゃな事を言ってしまいましたが
このことを大胆に言える後ろ盾、エクレシアとしての教会がここにあるということ、すごく感謝です。