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司法の本質的問題

それは司法システムとモラルが乖離していること。特に神を知らない日本では言える。法廷では宣誓した上で証言するが、誰に対して宣誓しているのか、まったく不明。よって裁判で認定される"真実"と、現実の真実とは異なることがあり得る。だからこそ、聖書は兄弟姉妹を世の司法に訴えるなと明確に書いている。が、一部の人々は世の司法で認められることで自らの正当性を証明しようとする。愚かなもの。これで自分が何であるのかを自ら証明している。真に良心が神の前で安息している人は、世の司法に頼る必要もなければ、その裁きを恐れる必要もない。私たちの良心をきよめるものはただキリストの血だからだ。

Commented by ゆっきー 2007年03月18日(日)00:17

文章の背景は理解しているつもりです。
世俗の力に頼ることのない高潔な魂が守られることを祈ります。

Commented by サラ 2007年03月18日(日)07:38

アーメン。共に祈ります。

Commented by jesusistruechrist 2007年03月18日(日)19:47

仰ることよく解ります。祈ります。

Commented by Bob Gordon 2007年03月18日(日)21:30

まことにLuke先生こそ、

真に良心が神の前で安息している人

高潔な魂

ですね。

週の初めの日から考えさせられました。

Commented by Luke 2007年03月18日(日)22:32

いや、本件で問われているのは私ではありませんよ。ですから、あまり考え込まなくてもよいと思います。