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あしたのジョーと団塊世代

本日のNHK教育の特番は面白かった。最近の『華麗なる一族』や漫画『20世紀少年』の時代であり、68年の東大安田講堂の攻防や、よど号ハイジャックなど、私は小学6年くらいで、テレビを通してバーチャルな世界として観ただけ。ちなみに私が学生時代(70年代後半)にも安田講堂はその痕跡を残し、臭いが何となくきな臭かった。

ジョーについては私はテレビで知ったわけで、それほどのめり込みもしなかった。あの虚無感がどちらかと言えば嫌だったかな。「サンドバッグに〜」というあの歌は渋くて好きだったが、むしろエイトマンや鉄人28号だったわけ。力石の葬式が行われた時は、「漫画のキャラクターの葬式?馬鹿じゃないの」と思った程度。

当時団塊の方々は内側に解消されない「何か」の葛藤を抱え、その不完全燃焼している自分の理想像を、灰になって燃え尽きたジョーに投影したようだ。対する力石は打ち倒すべき体制そのもの。しかし猪瀬氏に言わせると、みんなで連帯して垂直に飛び上がったのはいいが、着地する時は個々バラバラ。脚力によって骨折したり、うまく降りて会社人間になった者がいた、という次第。かくして彼らはその時代を総括し切れていない。この世代は壊したがいいが、何も築けなかった。ただひたすら経済大国まっしぐら。それも最後はバブルで崩壊したと。その団塊の世代の抱えた心の空洞をその子供世代が抱え込み、ニートだのフリーターだのといった現象として現れている。団塊の世代とニート世代の共通項は、2ちゃんの病理でも論じたがエネルギーの空転現象だ。

対する私たちは昭和30年代で、いわゆる団塊世代と新人類に挟まれた特徴のない谷間の世代になるわけで、よって当時を思い出すときわめて個人的な物語しかないわけ。連帯して行動したこともなく、むしろそういった連帯とか連合とか同盟とか、うっとおしく、と言うよりは恐れを感じるわけ。ドラマで言えば、中村雅俊の『俺たちの旅』系と言える。あの世界はかなり共感する。

というわけでニッポンキリスト教界でも様々のたいそうな名を冠した団体があるようだが、どうもそういった団体にはある種の恐怖を感じるのだ。連帯して一万時間連続祈祷などはとてもとても・・・。ただコワイわけで。それは個が殺されてしまう恐れか。猪瀬氏も「敵が消えたら、"われわれ"が雲散霧消し、"わたし"とならざる得ず、それぞれのアイデンティティの混乱だった」と指摘していた。これって今のキリスト教界にも大いに言えるのでは?○○団体、××教団の"わたし"というあり方。

かくして私などは政治思想とか、神学潮流とか、そういったアブナイにおいのするものからはなるべく離れて、下に書いたような禅的ムードにむしろ憧れるわけ。石庭を眺めたり、山水を愛でたりしつつ。温泉もその一環か。ちなみに私の義兄夫妻はまさに団塊の世代で、温泉などは堕落の極み、シャワーで十分と。彼らはボストン・マラソンやホノルル・マラソン、先の東京マラソンで燃え尽きるまで走ることに喜びを見出しているらしい。

さて、さて、2007年から700万の団塊の世代が引退するらしいが、果たしてこのニッポン、どうなることか。技術や価値観の継承がほとんどなされていないわけだが。私的にはニッポンキリスト教においては、これらの団塊の世代特有の馬力と独善傾向のある先生たちが引退されたほうが、どちらかと言えば安心して関わることができると思っているのだが・・・。嗚呼、また話がちんまりとまとまってしまった(汗)

Commented by ドクターK 2007年03月25日(日)18:39

私のブログで「律法学者やパリサイ人は、結果として神のご計画を遂行した。主のことばによって裁かれた者たちが用いられ、神のご計画が成し遂げられた。不思議ですが、これが神の摂理です」と書きました。

「ニッポンキリスト教界でも様々のたいそうな名を冠した団体があるようだが、どうもそういった団体にはある種の恐怖を感じるのだ」という貴兄のご意見も「神の摂理」の時系列上の一コマである可能性があります。見張り続ける必要はありますが、コチラからチョッカイを出す必要はないでしょう。

私もニッポンキリスト教界に対しては、ブチまけたいことは山ほどあります。しかし、敬虔なキリスト者も確かに居られるです。

Commented by サラ 2007年03月25日(日)20:16

同世代として、何だか書いておられることすべてに納得して、今、胸がすーとしています。団塊の世代の罪と罰・・・毎日、味わっているように思います。若い人の何かがわからないという悲鳴、上を牛耳っている団塊の世代の政治家ぶり、蓋されているものが多いと思います。どちらにも接している微妙な私たちの世代は技の伝承を含めて日本の危機を本気で思います。ルークさん、いつもありがとうございます。

Commented by Luke 2007年03月25日(日)21:17

ドクターKさま、ありがとうございます。いつも啓発を受けて感謝です。クリスチャンが「枠」から解かれることを夢見ているのですが・・・。

サラさま、メールをありがとうございました。「枠」からは自由でいたいと思っております。それにしても私たちもあまり若くない世代となってきましたね。「イチゴ白書をもう一度」では、「もうわかーくないさと、髪をきっった時に・・・・」とありますが。今いろいろな人の様々の転機とも関わり、残された時間を何に捧げるか、問われている昨今です。

Commented by サラ 2007年03月25日(日)23:45

ハレルヤ。「枠からは自由でいたい」。アーメンです。