個別表示

Dr.Lukeの一言映画評

アップロードファイル 13KBまたまた映画。『ハンニバル・ライジング』−あの人肉食殺人鬼のレクター博士の生い立ちを描く。

人肉食はカニバリズムと呼ばれ、聖書の中にも出てくるし、かつてフランスで恋人を食べてしまった佐川君事件もあったし(心神喪失による無罪)、幼女連続殺人の宮崎勉も被害者を食べたとも言われている。宮崎被告人については精神医学の権威たちによって3つの精神鑑定が出され、精神医学の客観性の欠如を暴露したが、学界でもいまだにその泥仕合が続いている。こういった犯罪者はサイコパスと言われるが、生い立ちを見てみるとそうなる理由もかなり理解できる部分もあるのだ。

スターウォーズ−シスの復讐−』で、あのダースベイダー卿がいかにして誕生したかを明かしたが、この映画もそれとモチーフが似ている。つまりハンニバルにせよ、ダースベーダーにせよ、"正当な理由"があって悪に堕ちたのだというメッセージによって、観客はその悪のヒーローに感情移入(同情心)を起すのだ。日本では、例えば、宮崎被告人がその手の奇形によっていじめられて、あのような人格が構成されたとしても、彼に対して感情移入を起すことはまずあり得ない。しかし欧米ではしばしば、今回のような悪に対する感情移入を起し得るモチーフが使われるのだ。これは前に紹介した『パヒューム』でも同じ。

さらに、今回もそうだったが、かえってキリスト教会にシャナリシャナリと通っている人物が、実はハンニバル以上の悪なのだ。お分かりいただけるだろうか。ここにはキリスト教的な偽善と欺瞞を暗に非難する意図が見られる。いや確かに歴史的キリスト教は大いに非難されるべきであるし、キリスト教がかえって壊れた人格を作り出すことも、例えば昨年の牧師の覚醒剤事件でもわかる。下手に聖書に触れるならば、かえって一旦堕ちると酷いことになる。

が、注意すべきはキリストとキリストご自身の違いなのだ。私もキリスト教には吐き気を催すほどに嫌悪感を覚える。しかしキリストご自身はますます慕わしく、麗しいお方となっている。キリストはキリスト教の教祖などではまったくない。しかしここが区別できないために、キリスト教につまづくことによって、キリストご自身を拒否し、ついには神に敵対してしまうことが、特に聖書の知識をなまじ持っている欧米人では言えるようだ。ヘビメタ系のロック歌手なども同じメカニズムが働いている。欧米人はキリスト教によるトラウマと言うか、コンプレクスを抱えて、常にそれと葛藤しているのだ。

昨年の『ユダの福音』などでも分かるとおり、どうしても悪を擁護し、ついにはそのルーツである悪魔すら擁護してしまう。サタンは誰にもよらず自らの意志によって神に対して反逆したが、人間は誘惑によって罪に陥る。前者には悔い改めも神の憐れみの余地もないが、私たちにはそれがある。

最近の時代の霊(アイオーン)は、キリスト教とキリスト教徒を用いて、実に狡猾に人々をキリストご自身から引き離すことに成功しているようだ。

この世の神が、信じようとはしないこの人々の心の目をくらまし、神の似姿であるキリストの栄光に関する福音の光が見えないようにしたのです。

しかし、レクター博士が日本の剣道や華道などに精通し、先祖礼拝によって霊的なパワーを得ていたとは!?紹介される日本の事物が実は日本ではないのだが・・・。韓国と中国が混ざっているワケの分からん日本だ。彼我には日本文化ってあんな風に映っているのだろうか、やれやれ。

Commented by meek 2007年05月05日(土)21:09

>観客はその悪のヒーローに感情移入(同情心)を起すのだ

とても納得いたします。

下記のブログでは、ニューエイジ的なスピリチュアルヒーラーがルシファーと交わっている記述がかかれています。

http://plaza.rakuten.co.jp/angel4444/diary/200702260000/

ニューエイジ系のスピリチュアルとは係わり合いをもちたくなかったのですが、知人の関係でその存在を知ってしまいました。なんともいえない気持ちです。

Commented by ぽん 2007年05月05日(土)22:55

何も結局新しくないのに
ニュー?エイジとは片腹痛いですが・・・
いつまでたってもなくならない、どころか
御言葉どおり、終わりの時代には
これらのような反キリストがあふれるのでしょう!
まぁ、日本のキリスト教会もある意味、
ニューエイジみたいなもんですけど・・・

そういう事いうから、教会で嫌われるのかな???
ははは(笑)。反省・・・

ばい菌はいくら消毒してもきりが無い。
ほっとけばまたあっという間に増える・・・
拭いたと思ってそこに居続けるとすぐ汚される。
一番いいのは次には、ばい菌に近づかない
ということでしょうか?

Commented by Luke 2007年05月05日(土)23:06

ほお、ご紹介のBlogすごいですね。「ルシファーとの交わり」ですか。日本でもこういったものがスピリチュアル・ブームで確実に入り込んでいるのですね。驚きました。

ぽんさまの言われる、教界もある意味ニューエイジみたいなもの、には同意ですね。ヒューマニズムとニューエイジは現代の狡猾な敵である、と私の本でも書きましたが、これらも実に巧妙に入り込んでいます。

・ニューエイジの問題点について
http://www.kingdomfellowship.com/Topics/NewAge.html

Commented by meek 2007年05月05日(土)23:24

>一番いいのは次には、ばい菌に近づかない
ということでしょうか?

同感です。私も近づきたくなかったです。
何らかの要因で近づいてしまったときは、やはり、
無視して通り過ぎるのがよかったのかもしれません。

>スピリチュアル・ブームで確実に入り込んでいるのですね。驚きました。

私も知りたくなったのですが、驚きました。

Commented by Luke 2007年05月05日(土)23:36

う〜ん、近づかないのが一番ですが、今後、キリスト教界にも蔓延してきますから(あるいは、すでにか)、避けられないでしょう。それに対しては、霊的識別力と抵抗力(霊的免疫)が必要になるでしょうね。鍵は十字架(死)があるか否かです。Mr.SugarのBlogでとてもポイントをついていますので、ご紹介しておきます。

・山暮らしのキリスト-死について1-6
http://yamaxst.blogspot.com/

Commented by まるふぁ 2007年05月07日(月)20:46

スピリチュアル・ブームですが、ノンクリスチャン・クリスチャンにそれぞれ「エハラー」の友人たちがいます。
双方に共通なのはこのスピリチュアル・ブームがニューエイジ・ムーブメントだという認識がないこと。「ニューエイジ」という言葉も知りませんでした。
ノンクリスチャンの友人は典型的な現代日本の無宗教家庭育ちで、初詣墓参りはするけど既成の「宗教」は嫌い、でも民間の占い師などは抵抗がない、というタイプです。(彼にとっても「イエス・キリストはキリスト教の教祖(まるふぁはその信者、でも自分には押し付けないでね、お互い信仰の自由を尊重しましょう、というスタンス)」です)
日本でスピリチュアルやゴスロリにはまっている人は、キリスト教への葛藤がない分、「軽い」ですね。この「軽さ」も敵が付けこむには格好の弱点なのでしょうか。
自分たちはますますしっかり立たなければ、と思います。
ニューエイジ系、十字架、自己の死はもちろんありませんが、「信仰」という言葉も出てきませんね。愛、希望、平和、光、真理、等々のヒューマニズムクリスチャンが喜びそうな言葉はたくさんだけど。
この世は無菌状態ではないのですね。御言葉にあって健全でありたいと願います。
しかし、友人のことは、心配です。。。

Commented by Luke 2007年05月07日(月)23:50

「エハラー」ですか!?あのオッチャン、そんなに人気あるわけですか。私もスピリチュアル・カウンセリング、やろうかしらん^^

表向き、ニューエイジといわゆるキリスト教はますます区別できなくなるでしょう。魅力からすると、多分ニューエイジの方がありますから、それを取り込む形になるでしょうね、キリスト教側が。

ニューエイジは元々、キリストの時代(魚座)の終わり、新しい時代(水瓶座)の開始を意味するわけですが、敵に取り込まれてしまうでしょう。今のままでは。