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Dr.ルークの一言映画評―キング・アーサー―

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              ヘイドリアン・ウォール跡
           (スコットランドとイングランドを分ける)

レイトショーを観て来た。アーサー王伝説は15世紀の騎士サー・トーマス・マロニーによって書かれた小説「アーサー王の死」によって、中世騎士の模範として描かれ、円卓の騎士や聖杯追及で有名である。

しかしこの映画はソレではなく、ブリテン島の原住民とも言えるケルト人の伝説に基づき、時は紀元415年、ローマの支配下にある同島において傭兵としてローマに仕えたアーサーがハドリアヌスの壁の向こうからローマ人を救い出せと言う命令を受ける。北からローマ兵も恐れたサクソン人が、南にはブリントン人(ケルト人)のウォードと呼ばれる軍隊が割拠する中を進軍する過酷な任務であった。

アーサーは当初ローマおよび国教であるキリスト教を理想としていたが、自分たちが助け出したローマの司教による異教徒ブリトン人に対する拷問や虐待を見て、ローマに疑問を覚える。その時に救い出したブリドン人グウィネヴィアと結ばれて、自分の母親を殺したブリトン人と和解し、ブリテン島を捨てたローマから離れて自由のために共に残虐なサクソン人と戦い、かくしてブリテンの王アーサーが誕生するという物語。(プロによる紹介はこちらを→http://www.eiga-kawaraban.com/04/04071301.html

モチーフはメル・ギブソンの「ブレイブハート」と似ている。というか、西洋古典の「指輪物語」も、近代の「スターウォーズ」も、みなアーサー王の影響を受けているとらしいほどに、その伝説は西欧人の心の中に深く刻まれている。日本で言えば、「忠臣蔵」的だろうか(ちょっとスケールが違うが)。ところが彼らアングロサクソンが理想とするアーサー王伝説は、元々自分たちと戦ったケルト人の英雄伝説なのである!かくして歴史にはいつも裏があり、はなはだトリッキーである。

壮大な戦闘シーンもよくできており、かなり楽しめた。アーサー役が役所広司に似ているのが気になったが。一昨年の夏、わが家はブリテン島を車で一周してきたが、ハドリアヌスの壁の跡や、映画でも出て来たストーンヘンジを見ていたので、とても実感を伴って観る事ができた。(英国の名所はこちらをどうぞ→http://www.kingdomfellowship.com/Column/Camp02.html

前に「HERO」でも書いたが、人を治める、あるいは人の上に立つためには、ある種の「徳」が求められる。今回も円卓の騎士たちが己を虚しくして、命を賭して戦うのは、自由という大義のためというメッセージがあった。ひるがえって安全なところから掛け声だけの現代のブッシュも、「イラクの自由」という大義を叫んでいるが、なぜか高貴さが欠如しており、彼の物語は本映画よりははるかに安っぽく感じられてしまう。次なるムーア氏の「華氏911」が楽しみである。

暴露されて来ました

イラクの大量破壊兵器に関する報告書は結局いい加減であったことをアメリカもイギリスも認めました。このような形で「予防的措置」としてイラクに戦争を仕掛けたわけです。

またこのことを一部の親イスラエル主義のクリスチャンたちは、イラク市民は警察である国連に助けを求めたが何もしてくれなかったが、ヤクザであるアメリカは非合法かもしれないが助けてくれたと弁明します。かくしてイスラエルの脅威は去ったと。

ある意味で完全に逝っていますね。このようなことがまかり通れば、神の立てた権威の流れや公義が損なわれます。イスラエル中心の聖書預言解釈システムによってヴァーチャルリアリティに生きているかのようです。怖いのはその自分たちの解釈システムを神と等価に置いていることです。

アメリカのイスラエル化、すなわちパラノイドの病理の共有はすでに私が論じたところであり、その予測どおりになってきています。さて、ブッシュはこの落とし前をどうつけるつもりでしょうか?

http://www.kingdomfellowship.com/Treatises/Jews&Japas2.html

イラク統治の鍵

ブッシュは単純細胞の頭脳しか持ち合わせていないと見える。武力でイラク人のプライドと自主的な統治を回復し得ると考えているのだろう。愚かなものである。相変わらずテロは横行し、アルカイダからヨーロッパでのテロ予告がなされた。

真の統治は武力では決してなし得ない。鍵は徳である。日本の自衛隊が比較的評判が良いのも、徳で勝負しているからであろう。

ブッシュの頭にはやはりイスラエルがあるようだ。結局すべてはイスラエルの利益を考えてのこと。かくしてブッシュは神の統治権を侵し、世界はかえって不安になった。アメリカのイスラエル化。精神病理的にはパラノイド(やられる前にヤル)の共有。

元凶はイスラエルというメシアを拒否した頑なな国に行き着くのである。ある有名な先生が「これは風吹けば桶屋が儲かる」の論理であるとのたまっていたが、実に困ったものである。イスラエルの利益を考えて神の統治権を侵し、世界混乱をもたらし、これも終わりの時代だから、聖書予言の通りだ、と高みの論評は私はしたくない。

泣く者と共に泣き、笑う者と共に笑う―イエスのスタンスはこれである。

やつれたフセインと強気のブッシュ

フセインは懸命に応戦していましたが、やつれは隠せませんね。しかし弁護士もつけられずに調査を行うとは、この場面はアメリカのプロパガンダ目的であることは明らかでしょう。訴追理由にイラク戦の大義であった「大量破壊兵器所持」は入っていません。これからアメリカはどのように誘導していくのでしょう(私はフセインを擁護していませんよ。彼の犯罪は明白です)。

 * * *

掲示板にリンクしておいた写真はご覧いただけたでしょうか?百人以上の人を載せた航空機が"突っ込んだ"んですよ。思い出してください。あの尾巣鷹山のJAL機激突の惨状を。対してペンタゴンのきれいなこと。無残にバラバラになった航空機の残骸や遺体一体どこに?

あのですね。911は明らかにおかしいです。世界は壮大にして巧妙なフェイクにはまっているのです。(これでいよいよDr.ルークも陰謀論者の仲間入りかな・・・^^)

フセイン裁判とアメリカの影

彼はアメリカの手から法的にはイラクに渡された。これから裁判が始まるらしいが、果たしてどのような形になるのだろうか。また東京裁判と同じもの?私はべつに皇国史観に立つ者ではないが、東京裁判は国際法的にも問題がある。

フセインもそもそも一時はアメリカがイランをけん制するためにバックアップしていたのだ。もっと言えばフセインを育てたのはアメリカである。フセインは「これは茶番だ。犯罪者はブッシュの方だ」と叫んだそうだが、確かに一理ある。力による制圧。

かつて「文明の衝突」を予言したハンチントン教授が、アメリカのアイデンティティは分断化されることを指摘しているが、今後まさにその通りになろう。軍事力だけ肥大化した、精神的にカタワな国。これがアメリカである。よって人工的大義名分を立てて愛国心的アプローチをさらに進めるであろう。

かくしてニッポンは、アメリカのポチと化すか、自立の道を歩めるか。どうも政治家は自立したくない人ばかりのようである。これは民主党が政権をとっても同じであろう。実際アメリカとうまくいかない政権は短命であり、スリスリの政権は長い。真に日本の利益を考えていた田中角栄がアメリカに刺されたことはほぼ間違いがない。

アメリカがクリスチャン国家であり、自由と平等、正義と信仰の国であるというのはすでに幻想である。アメリカ発の"油注ぎの器"をありがたがるニッポンキリスト教のナイーブさには少々辟易しているが、いい加減目を覚ましましょう。

注:「ナイーブ」とは純情とか純粋の意味で理解されているが、原義は「幼稚な愚かさ」の意味である。

誰のために・・・?

NHKの「クローズアップ現代」によると、イラクの復興も何のことはない、現地の企業ではなく、アメリカ資本にみな任せるようだ。要するにアメリカはイラクのインフラを壊すだけ壊し、その復興も自分で行うというわけ。自作自演、ヤラセの世界そのものです。フセインは確かに悪であろうが、ではアメリカは正義???誰のための戦争だったのか・・・・。

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同じようにキリスト教界でも人を集めて説教して何百人、何千人動員したとヤッテいるが、これも誰のため?ニッポンのリバイバルのために総動員伝道だ、一億火の玉伝道だと・・・どうも胡散臭さを覚えるのだが、正直なところ。誰のために?

ちなみに私がニッポンキリスト教と関わるようになって感じた「七+1不思議」はこちら。これは揶揄しているのではなく、本当に不思議なんです:

http://www.kingdomfellowship.com/Ministry/q&a/7wonders.html

陰でコソコソ・ブーム

どうも小泉氏もブッシュ氏もパフォーマンスだけは派手でも、いざ何かをする段になると、陰でコソコソですね。年金法案を通すときも、1.29を隠してコソコソ。しかも審議を暴力的にストップして。その上多国籍軍への自衛隊参加もコソコソ。一方ブッシュもイラク主権委譲も抜き打ち的に数名でコソコソ・シャンシャンと。何とか言う行政官は逃げるようにイラクを離れました。

教会でもよくあります。コソコソと何かの噂を流し、陰で何かをする人たちが・・・。こうして何時の間にか自分の仲間を作る闇の働き人がいます。これらの人々は決して公明正大には物事をなしません。コソコソ。ヒソヒソ。こうして暗闇の業に与るのです。巻きこまれる人々も多かれ少なかれ心が定まっていません。特に昨今はネットがこれらの人々の有力な武器になっています。

この世にせよ、教会にせよ、心を偽るならば必ず心を病みます。何が正しく、誰が神につく者であるかは、その明るさと健やかで判定できます。

 「わたしは公に語り、公に事をなした」―Jesus