Kingdom Fellowship Church



Message Outlines

2011.10.23

主に頼る礼拝

今年に入り地震、水害などの自然災害、中東の独裁支配終焉による混乱、先進国での経済危機、アメリカをはじめとした各地で行われ続けるデモなど、終末の様相を呈してきました。その時には人に惑わされないようにと主イエスは警告されています(マタイ24章)。その警告通りなのかどうかはわかりませんが、インターネットなどの普及に伴い、低級な情報の洪水が押し寄せています。この時期において私たちに必要なことは主の平安を保つことであり、主との交わりをさらに深めて行く事です。そのカギとなるのが、信仰の中心である礼拝です。伝統やしきたり、人や教会に頼った礼拝では主との交わりは深まりません。人が汗して築きあげたものを主は否定されるからです。主が受け入れる礼拝は、豪華絢爛な人の手で築かれた礼拝ではなく、自分では何もできないことを自覚した、主に頼り切った礼拝です。主は霊とまことによる礼拝を求めておられます。御父にたいして御霊の導きによるイエスを捧げる礼拝であり、十字架を経た主に頼り切った礼拝です。そこには人の力が加わる余地はありません。これから預言通りのことが展開されるでしょう。私たちができることは主に頼ることです。そして主に頼り切った者だけが、来たる艱難をくぐり抜けたレムナントとなれるでしょう。                                   


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1.形式や人に頼った礼拝 ヨハネ4:20-23

  サマリヤの女への説明。宗派や伝統は関係ない。

  人が建て上げた伝統や形式は崩される。イザヤ11:1

2. 主に頼った、霊とまことによる礼拝

  靴を脱ぎ、冠を外すことが第一歩 出3:5、ヨシュア5:13-15、黙4:10、詩51:16-17

  霊とまことによる礼拝 ヨハネ4:23-24、ピリピ3:3

  カインとアベル 創世記 4:3-5

  パリサイ人と取税人の祈り ルカ18:9-14

十字架を通した礼拝。ガラテヤ3:1、5:24-25、マタイ5:8、黙5:5

3.結論

ダビデの望み、ソロモンの望み

1歴  29:13 今、私たちの神、私たちはあなたに感謝し、あなたの栄えに満ちた御名を

    ほめたたえます。

    29:14 まことに、私は何者なのでしょう。私の民は何者なのでしょう。このよう

    にみずから進んでささげる力を保っていたとしても。すべてはあなたから出たの

    であり、私たちは、御手から出たものをあなたにささげたにすぎません。

    29:15 私たちは、すべての父祖たちのように、あなたの前では異国人であり、居

    留している者です。地上での私たちの日々は影のよう