「いきがい」を探した日々

金森一雄

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(本稿は、「いのちのことば」4月号に掲載したものです。)


1972年4月、私は富士銀行本郷支店に入行した。その29年前の社会人一年生としてのスタート時を思い出す。昼の3時に店を閉める銀行員がセブンイレブンに負けない勤務時間帯で、しかも交代勤務制なしで働いているのに驚いた。就職(労働)とは学生時代の自由な時間と引き換えに、仕事にあくせくすることで賃金が約束されていることなのだと気がついた。「こんなはずではなかった」と不満でいっぱいになり、アフターファイブのことばかり考える日々が続いた。それでも、輝かしい未来に向かって飛翔するつもりで、日本一の銀行に入ったのだからと思い直して、仕事の中での「いきがい」を模索し始めた。そして仕事で出会う一つ一つの小さな人間関係を大切にしていこうと決めた。

初任の融資担当者に命じられたとき、企業向け融資で会う方々は当然のこと、住宅融資で会う奥さま方との面談時間を大切にするようにした。目の前のこのお客さまは、今何を目標としているのか、どのようなことに興味を持っておられるのか、何を求めて銀行の窓口に来ているのかと考えるようにしたのだ。そのうちに、ついこの間まで見知らぬ人であったのに、数十年来の付き合いであるかのような錯覚に陥ることがしばしばあった。

異動で本店勤務となったある日、本郷支店の直属の上司から電話があった。「数年前に担当したAさんの住宅融資について、土地の担保設定登記が漏れていることが検査で分かった。追加の手続きをお願いしているが、当時の担当者であった金森さんに頼まれなければ協力しないと言っているから、お願いしてほしい」ということであった。

Aさんの奥さんは、担保とは何か、約定書のこの言葉はどういう意味かなどといちいち確認される、何事にも慎重な方である。すぐに電話をしてみると、「お久しぶり。あの節はお世話になりました。快適に暮らしています。用件は分かっているから安心して。益々活躍してね」と言って私の話を聞こうとしない。もう少し時間をかけるかと思って電話を切った。しばらくすると本郷支店から、「Aさんが協力してくれたので解決した。ご苦労さま」という電話があった。一期一会を大切にしていて良かったと実感した時である。

そして今も、「自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。」(ルカ6・31)を座右の銘として日々チャレンジしている。


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