ニュッサ&ヴィオロンに関わる事件について(2版)



以下の内容はヴィオロンが起こした仮処分に対する私の陳述書(のみ)を公開したことに合わせて、事件の事実関係を明らかにするものである(2019.04現在)。事実関係が錯綜しているため、必要最小限の報告であることをあらかじめ断っておく(⇒事件の概略)。

I. 2009年、S氏のブログにおいて、私に関する名誉棄損行為をなしたHN”ニュッサのグレゴリオス”ことTについては刑事告訴が受理され(マタイ18:17)、捜査が行われた。司法的には、主治医の事情聴取に基づき、精神疾患により刑事責任を追及することは難しいと検察は判断、検事説諭の形で不起訴処分となった。

  1. 2003年、英国のキャンプに参加した40を超えたTが同伴した女子高生(私は初会、別の教会信徒)と不適切な関係を持ったことで除名処分(交わりの断絶)とした。彼らはそれ以前にネットで知り合い、神から結婚せよ、と導かれたと主張、Tは彼女の親には伏せるよう私に頼み込んでいた。その後某所で私を告発したが、相手の両親の同意を得たとのことで、私は彼らの将来を考え、私が降りる形で除名処分を解除和解し、彼自身も悔い改めを表明した(2004年)。
  2. ところが2009年、同ブログにて脅迫による和解であると主張。2004年以降彼らは結婚するも、失業や精神疾患により離婚。それを私による「呪いの預言」のためだとして逆恨みしたものであり、都合10年にわたって粘着していた。一時はこのような態度も見せていた(⇒HN「グレゴリオス(aka. 雲,francis)」との経緯(2006年))。
  3. その後、Tが交際・結婚していたとする当時女子高生であった女性(HN:れん、ミルトス)が、Tの虐待的処遇や結婚生活の様子をネットで暴露した。彼女の暴露内容については、私自身は把握していなかった。Tは発言が意味不明になり、自己崩壊していった(2012年)。なお、HN"ミルトス"はヴィオロンに合わせるように現在に至り(2019年)、私が「呪いの預言」をしたとか、4−5時間も正座させたなどとも主張している。彼らの破綻は自らの偽りの刈り取りである。私はキャンプ以後、彼らに一切関知していない。
  4. 私は、他の参加者の顰蹙を買う外国で親に隠れての破廉恥な行動に対して当たり前の注意をしたのみであり(それを「呪いの預言」と取る心理が問われる、すなわち自らの良心の呵責の声を聴いたのであろう)、また英国のキャンプ滞在においては二人を長時間正座させておく時間も場所もないことを指摘しておく。両者は2005-2007年にかけて深い悔い改めと謝罪、および私に対する謝意のメールを送ってきているが(必要があれば公開する)、主にある自らの言葉を裏切ってしまっている。Tはその実を刈り取ったのであり、ミルトスも現在は30を超え家庭も子供もある中で、精神障害を隠れ蓑に自分の言葉を裏切り、偽りを語り、罪を犯するべきではない。

II.2009年の本件の発端となったS氏の批判記事の当事者であるHN"ヴィオロン"なる女性が、私がS氏との裁判に負けて寝返ってS氏とつながり(S氏との裁判などは存在しないが)、M牧師をして共同で彼女の諸権利を侵害していると告発しているが、私とS氏やM牧師とはなんらの共謀関係もない。

  1. 私が彼女の個人情報をS氏に提供したり、ヴィオロンの信書メールを無断でS氏とSk牧師間の裁判(2013年)の証拠としてSk牧師に提供したと訴えている。しかしヴィオロン自身がブログで公表していること(例えば生育環境や妹がいることなど)を超える内容や秘守されるべき個人情報を提供した事実はまったくない。Sk牧師に提供したメールは、ヴィオロンの親書メールではなく、すでにヴィオロンの実名が書かれていたS氏のメールである。それは元々必要があれば有効に使ってほしいと彼女が転送してきたものであり、かつ私は事前にSk牧師による使用の可能性をヴィオロンに通知している。これらは仮処分の訴えに対する答弁書で証拠を添えて提示した。加えてSk牧師も証拠として用いるために自らヴィオロンの許可を得る旨を私に伝えてきていた。提出したのはSk牧師であることを指摘しておく。
  2. 本件はS氏のブログのヴィオロン批判記事に乗じてニュッサが私を告発し、対してヴィオロンがS氏をラスコリニコフであると批判したことから炎上拡大した(2010年)。当初、私がヴィオロンを擁護して、表向き私とS氏が対立する形となった事件である。これは彼女自身が原因は自分にあると認めて、私に深い謝罪もしている(2012年春)。
  3. 当時ヴィオロンは、自身とSk牧師と私が「同志として」S氏と戦う旨を主張していた。ヴィオロンは当初から裁判の可能性をにおわせており、私も当初は彼女を擁護したが、2012年秋、彼女は私どもが誤っていると主張、そこで別の道を行くべきことを提案したものである(2テモテ2:23;ローマ16:17)。これについても「呪いの預言」などと、私たちが語ってもいない内容を主張、その他、私に対して大量の批判を行っているが、その主張については現実と幻想が混濁し多分に意味不明であるため反論するまでもなく放置している。
  4. そもそもヴィオロンが私と関わるようになったのは、某氏より私は危険人物と聞かされていたが、S氏による攻撃に共に対処するため、やむを得なかったとする趣旨を自らで書いているところであり、私を一般のニッポンキリスト教(私はこの業界とは一切関りがないことは常に語っている)の制度における「牧師」とすることは意図があると言わざるを得ない。私もいわゆる「信徒」としてヴィオロンに応対したことはなく、ヴィオロンにメッセージをすることも提案している。ヴィオロンが参加するようになり、兄弟姉妹の交わりが損なわれたことは残念ながら事実である。
  5. 並行して、2016年以降、それまで関わった諸教会や人々を次々に批判・断罪しているが、最近(2019年)になり、自分は監視されているとか、自分の行動は先に読まれているといった趣旨の訴えもしており、ヴィオロンの本質についてはそのブログを読まれて読者自身で判断されたい。

なお、2019年現在、ヴィオロンとS氏およびM牧師は民事と刑事で係争中のため、内容を整理し、関係者の実名は伏せた。また私に対しても、2018年7月、S氏とM牧師を連名被告として「接見禁止の仮処分」なる意味不明の訴えを起こしたが、その後自ら取り下げている。この報告は答弁書に基づくものであることを断っておく。

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